横山城〔興津城〕(静岡市清水区・旧清水市)
興津氏の居城・横山城(興津城)
2009年04月19日
横山城は興津城とも呼ばれ、今川氏の重臣であった興津氏の居住した城です。
興津氏は入江氏(藤原)の一族でその祖は維道(または近綱)といわれ、「保元物語」に息津四郎、「承久記」に興津左衛門の名があり、初めは興津郷の地頭、後に美作守氏清の時代には富士上方上野郷の地頭も兼ねていたことが「大石寺文書」に見え、今川氏が駿河国守護として入部して以来はその被官となりました。
延文年間(1356~61)興津美作守は興津館(興津本町字古御館)より本拠をここに移し、山上に城を築き、山麓に土塁を巡らせた居館を構えて城郭としました。
永禄11(1568)年12月、甲斐の武田信玄の侵入により落城するまで、興津氏代々の居城でした。
この城を奪った武田氏は直ちに改修に着手し、翌12年2月には完了して穴山梅雪に守らせました。そしてこの年正月、今川氏真救援のため出兵した北条氏康の軍は薩た山に陣取ると、4月29日に撤退するまで90日余りにわたり、興津側を挟んで対戦しました。
武田氏は横山城に城番を置き、支城のひとつとして重要視しましたが、天正10(1582)年武田氏の滅亡と共に廃城となりました。
現地には石碑が建っています。後ろの山が城跡のようですが、登城口などは見つかりませんでした。
Photo Canon EOS 30D
H21.3.20
住所: 静岡市清水区谷津町2丁目
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