小山城(吉田町)
武田氏の遠江攻略の拠点・小山城
2009年04月26日
小山城は、今川氏によって築かれた山崎の砦が土台となっているといわれていますが、その規模は不明です。
永禄12(1569)年に甲斐の武田信玄は相甲駿の三国同盟を破って、富士川沿いに今川氏の駿河に進攻、時を同じくして三河の徳川家康も遠江に進攻。駿河府中の今川氏真は掛川城に逃れ、この時から大井川を境として東の駿河を武田氏が、西の遠江を徳川氏が領有することになりましたが、武田軍は大井川を越え山崎の砦に入り、小山城を築きました。
徳川家康は松平(大給)左近真乗に小山周辺に知行地を与え、攻防の結果、元亀元(1570)年、小山城は松平氏の領有するところとなりました。しかし翌元亀2(1571)年、武田軍は二万五千の兵で攻め寄せ、小山城は再度武田方が奪還することとなりました。
小山城の本格的築城はこれ以後といわれています。信玄は馬場美濃守信春に修築させ、堀、土塁を築き修築し、大熊備前守長秀を城主としました。
元亀3(1573)年、三方ヶ原の戦いで家康を追い詰めた信玄は翌天正元(1573)年に病死し、跡を継いだ武田勝頼は、天正3(1574)年長篠の戦いで織田・徳川連合軍に敗れ、下降線を辿ることになりました。
天正9(1581)年に高天神城が徳川軍によって攻略されたのち、同10(1582)年2月には小山城も徳川軍にによって攻略され、その後は廃城となりました。
現在は、吉田町展望台小山城として模擬天守閣が建てられ、町のシンボルになっています。内部は武田氏ゆかりの資料なども展示しています。
個人的には、模擬天守よりも、三ヶ月堀や土塁が残っているのに感動しました。
開館時間 9:00~16:30(入場は16:00まで)
休館日 毎週月曜日(祭日が月曜日の場合はその翌日)、年末年始(12/28〜1/5)
入場料 大人200円 子供100円
Photo Canon EOS 30D
H21.3.21
住所: 静岡県榛原郡吉田町片岡2519-1
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