朝日山古戦場(小千谷市)
北越戦争の激戦地・朝日山古戦場
2009年05月24日
朝日山古戦場は、北越戦争の激戦地です。
この地は、もともと大平木(大開)と称していたが、北越戊辰戦争の激戦地であることから、朝日山と称されるようになりました。一説には麓から見上げた西軍兵が、山頂に輝く朝日を見たので名づけたというが定かではないそうです。
慶応4(1868)年5月10日、三国街道の榎峠で始まった戦いは、翌11日午後3時ころから、朝日山の争奪戦となりました。その間にあった浦柄の集落には、火が放たれ、村人は逃げまどいました。
東軍は長岡・会津・桑名藩兵と衝鉾隊。西軍は薩摩・長州両藩兵と信越諸藩の兵で構成されていました。雨中、山頂を制したのは東軍兵でした。早速、大砲をあげ、麓の西軍兵を砲撃しました。
5月13日早朝、長州藩参謀時山直八は奇兵隊を率い、朝日山を攻撃しましたが桑名藩雷神隊長立見鑑三郎らの逆襲に会い落命しました。
西軍参謀山県狂介は、時山の首級と対面し落涙したそうです。この戦いを山県は「あだ守る砦のかがり影ふけて夏も身にしむ越の山風」と詠みました。
攻撃に難を感じた征討軍は作戦を変え、直接長岡城をめざし、信濃川西岸を進攻しました。
古戦場には車道があるものの狭いため、浦柄神社付近に「車では登れません」と書いてありました。軽自動車なら注意して登ればいけそうでしたが。神社からは徒歩40分程度。頂上には東軍陣地の塹壕跡、東軍兵士の墓、展望所などがあります。
Photo Canon EOS 30D
H21.5.3
住所: 小千谷市浦柄
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