覚範寺(仙台市青葉区)
伊達輝宗の菩提寺で保春院の墓がある覚範寺
2009年08月01日
覚範寺は、山号は遠山、臨済宗妙心寺派の寺院です。
天正14(1586)年に前年に非業の死を遂げた父伊達輝宗の菩提寺として伊達政宗が非業の死を遂げた父伊達輝宗の菩提寺として置賜郡遠山村(現米沢市遠山町ほか)の愛宕山北東麓に一宇を建てて覚範寺とし、虎哉和尚を開山始祖としました。天正16(1588)年1月25日、政宗は雪が降るなか覚範寺と光明寺を訪ね、同年10月8日の輝宗の忌日には、雨が降るなか参詣したと伝わります。
その後、天正19(1591)年、岩出山に移ると、虎哉和尚は玉造郡上野目村(現大崎市岩出山上野目)の天王寺を覚範寺として中興開山し、輝宗の位牌を安置しました。慶長6(1601)年、仙台に移り、愛宕山旧誓願寺の地を賜るも、翌年の小人騒動により焼失したため、現在の北山の地に移り広壮な伽藍を建立しました。元和9(1623)年、政宗の母保春院が逝去すると覚範寺に葬られ、政宗が墓標に宝篋印塔を建立、のちに保春院菩提のため少林山 保春院を造営しました。寛永13(1636)年5月24日、政宗が江戸屋敷で逝去すると、遺骸は覚範寺に安置され、中陰法要が営まれる中、現大願寺の地で葬儀が行われました。寛政2(1790)年の火災により消失、翌年再建されましたが明治9(1876)年に山火事で類焼しました。
長らく仮堂のままでしたが、本堂が昭和18(1943)年に再建されました。
しかし、放火により昭和33(1958)年に焼失したため、昭和42(1967)年の本堂が再建されました。
境内には、政宗の母保春院の墓と、政宗の三男伊達宗清の墓があります。
H21.7.24
Photo Canon EOS R6 MarkⅢ
R8.8.22(写真差し替え)
住所: 仙台市青葉区北山1丁目12-7
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