悠久山公園・長岡藩総督河井継之助の碑(長岡市)
悠久山公園・長岡藩総督河井継之助の碑
2005年11月07日
悠久山は、越後長岡藩3代目藩主牧野忠辰により佐渡国産の杉が植樹されたことが縁で、10代目藩主牧野忠精により長岡城城内東隅にあった牧野忠辰を祭神とした蒼柴神社が移転され、「蒼柴の杜」とも呼ばれるようになりました。
蒼柴神社移転に併せて入込無用殺生禁断の聖地とされ、社地を「悠久山」と命名されました。大正6(1917)年、長岡開府300年祭に際し、境内地八万坪余を長岡市に無償寄付され、長岡令終会の悠久山公園化造影整備後公園部分は長岡市にて現在管理維持されています。
悠久山公園には長岡に関連する碑が数多くあり、司馬遼太郎の小説「峠」の主人公にもなった幕末の長岡藩家老河井継之助の碑もあります。
河井継之助は、名を秋義、蒼龍窟と号しました。人となりは豪胆にして、機略の持主でありました。
陽明学を修め、古賀茶渓・斉藤拙堂らの門を経て、備中松山藩の山田方谷に教えを受けました。幕末の長岡藩を改革し、理財・行政等に才をふるいました。
北越戊辰戦争では、長岡藩兵を率いて、多勢の西軍を相手に縦横無尽に戦い、負傷して慶応4(1868)年8月6日、42歳で会津塩沢に没しました。
題額は黒田清隆、碑文は三島中洲によるもので明治23年に長岡城跡に建立され大正7(1918)年、悠久山公園の整備に伴い当地に移設されています。
悠久山公園にはその他にも、長岡藩刀隊・槍隊の碑、山本帯刀の碑、小林病翁の碑、渡辺廉吉の碑などがあります。
H11.9.7
Photo EOS 5D MarkⅣ
R1.5.2(写真差し替え)
住所: 新潟県長岡市悠久町
関連リンク
タグ
地図
関連情報