高山城(高山市)
高山城は標高686.6mの城山(別名を臥牛山、巴山)に築かれた城です。
かつては、「天神山城」と呼ばれ飛騨の守護代である多賀出雲守徳言によって、文安年中(1444~49)に築城され、近江の多賀天神を祀ったことから多賀天神山、城は多賀山城とも呼ばれました。永正年間(1504~21)には高山外記が在城していました。
天正13年(1585)7月、金森長近は、秀吉の命を受けて飛騨の姉小路氏(三木氏)を攻めました。
そして翌年天正14(1586)年には飛騨一国を賜りました。長近は居城として最初は鍋山城を考えていましたが、後にこの天神山古城跡を選定し、天正16年(1588)から築城を開始し、慶長5年(1600)年までの13年間で本丸、二之丸が完成させ、以後可重によって更に3年で三之丸が築かれました。
高山城は信長の安土城構築直後に築かれ、大きな影響を受けている。軍事的機能を最優先させた城ではなく、御殿風の古い城郭形式をもち、外観二層、内部三階の構造をもつ天守をそなえているのが特徴でした。本丸屋形には台所、風呂、大広間、茶室などがあり、南の大手方面には南之出丸、北の搦手方面には東北曲輪、中段屋形が配置されていました。
元禄5(1692)年、金森頼時は出羽上山に転封となり、高山城は金沢藩前田氏の預かりとなりました。
その後元禄8(1695)年には在城の負担により前田氏は高山城の破却を幕府に願い出て廃城となりました。
二ノ丸跡には金森長近の銅像が建っています。
Photo Canon EOS 5D MarkⅡ
H21.11.13
住所: 高山市城山
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