森陣屋〔久留島陣屋〕(玖珠町)
森陣屋は、久留島(来島)氏の陣屋です。
慶長6(1600)年、関ヶ原の戦いで西軍に与した村上水軍の末裔・来島長親は、伊予来島から豊後森1万4千石へと移封になりました。
来島氏は、城主格ではないため角牟礼城を居城と出来ず、角埋山(角牟礼城)の麓に陣屋を築き、2代通春の時の元和2(1616)年、姓を久留島と改めました。
また、3代久留島通清が家督を継いだ時、弟久留島通貞と久留島通逈にそれぞれ1千石、500石を分与し、以後代々1万2500石となり、 豊後国内での最小藩でした。
氏神である三島宮は慶長6(1601)年に藩の守護神として大三島から勧請した神社ですが、天保8(1837)年、8代藩主久留島通嘉のときに改築を思い立ち、 境内をお城仕立てに造り上げました。
それとともに、それぞれ独立した藩主御殿庭園・栖鳳楼庭園・清水御門庭園を造りました。「藩主御殿庭園」は、末廣山の斜面と延部を利用した御殿に接する庭園で、「栖鳳楼庭園」は末廣山の南端に建てられた栖鳳楼の周囲につくられ、「清水御門前庭」は末廣山西側の清水御門前の堀の一部を庭園化したもので、三つの庭園は、末廣山の高低差・地形・眺望を最大限に利用して配置され、園路によって有機的かつ効果的につながれた回遊式の庭園と考えられます。
現在では、森陣屋の跡は三島公園として整備され、栖鳳楼や庭園が残っています。栖鳳楼は大分県の有形文化財に指定され、庭園は旧久留島氏庭園附清水御門前庭として大分県の名勝に指定されています。
また、三島宮は明治5(1872)年に当地方に以前から祀られていた妙見宮を合祀して「末廣神社」と改めました。
Photo Canon EOS 5D MarkⅡ
H22.7.17
住所: 大分県玖珠郡玖珠町大字森
関連リンク
タグ
地図
関連情報