水口城(甲賀市・旧水口町)
現在は水口城資料館になっている水口城
2006年03月19日
水口城は寛永11(1634)年に小堀遠州によって三代将軍家光の上洛の休息所、宿館として築城されました。
水口は都から伊勢へ通じる交通の要所にあり、中世後期にはすでに町並が形成されていましたが、天正13(1585)年には羽柴秀吉の命により水口岡山城が築かれ、その城下町として発展を見せました。豊臣政権の五奉行長束正家の居城の水口城はこの「水口岡山城」のことで、「水口古城」とも呼ばれており、少し離れた場所にあります
関ヶ原合戦後この地を直轄地とした徳川家康は、水口を東海道の宿駅に指定し、甲賀郡の中心都市としての地位が確立しました。家康はしばしばこの地を通行し、宿内の大徳寺に宿泊しています。
工事は小堀遠州ら作事奉行のもと、幕府直営で行われました。
堀に囲まれた本丸とその北側の二の丸からなり、本丸はほぼ正方形で東に出丸をもち、御殿と四隅に櫓を配していました。二の丸には管理・警護施設が設けられました。本丸殿舎の建物構成は二条城に類似し、数寄をこらしたものといわれています。堀には注水坑はなく、今も水のかれることがないなどから、別名碧水城と呼ばれています。
家光上洛後は番城として幕府の管理下に置かれ、天和2(1682)年に加藤氏が入封して水口藩が成立し、その居城となりました。なお、本丸殿舎は正徳年間(1711~16)に撤去されました。
明治維新後は廃城となりましたが、本丸敷地のみは保存され、昭和四十七年滋賀県の史跡に指定されました。堀や石垣はよく形状をとどめています。近年、出丸部分の修景が行われ二階櫓が復元されていますがもともと出丸にはそのような櫓はなかったそうです。内部に「水口城資料館」があります。
資料館
入場料 大人100円、小中学生50円
営業時間 10:00〜17:00
定休日 木曜日、金曜日、年末年始
H18.3.18
H20.9.13
Photo Canon EOS 5D MarkⅢ
H28.5.21
住所: 甲賀市水口町本丸
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