鹿島神宮(鹿嶋市)
常陸国一宮で東国三社の一つ・鹿島神宮
2013年08月04日

鹿島神宮は、武甕槌大神を祭神とする神社です。
神代の昔、天照大御神の命を受けた武甕槌大神は香取の経津主大神(ふつぬしのおおかみ)と共に出雲国に向かわれ、国譲りを成就しました。そして、神武天皇御東征の際、窮地に陥られた時に大神の「韴霊剣(ふつみたまのつるぎ)」の神威により救われました。
この神恩に感謝された天皇は御自らの御即位の年、皇紀元年、即ち紀元前660年頃、大神を鹿島の地に勅祭されました。
また、鹿島神宮の御祭神の武甕槌大神のところへ天照大神の命令を伝えに生きたの天迦久神という方で、鹿の神霊とされていることから鹿島神宮のお使いは鹿となっています。神護景雲元(767)年、藤原氏が氏神である鹿島の大神の御分霊を奈良にお迎えして春日大社を創建しましたが、その際も御分霊を神鹿の背に乗せ、多くの鹿を連れて一年がかりで奈良まで行きました。
鹿島も古くは香島と書いていましたが、養老7(723)年頃から鹿島と書くようになりました。
かつては、神宮の社殿は伊勢神宮のように20年ごとに造営されていましたが、現在の社殿は元和5(1619)年、徳川秀忠により造営されたものです。奥宮は慶長10(1605)年、徳川家康が本殿として奉納したものを元和5(1619)年の造営の際、場所を移して奥宮としたものです。
楼門は鐘鋳11(1634)年、水戸藩主徳川頼房が奉納したものです。日本三大楼門の一つです。
要石は鹿島七不思議の一として知られ、世俗に地震を起こすナマズの頭を押さえる石として知られています。古来「山の宮」「御座石」などの別名を持ち、掘っても掘り切れない石と云われています。香取神宮の「要石」の凸に対し、鹿島神宮は凹型です。
御手洗池は、誰が入っても、同じ深さの池と言い伝えられていて大人が入っても子供が入っても乳を越えないと言われています。古来神職、参拝者の潔斎の池です。
宝物館は、昭和41(1966)年の御船祭りの記念事業として建てられ、国宝の直刀などがあります。
(パンフレット、説明看板などより)
宝物館
開館時間 9:00~16:00
休館日 無休
拝観料 大人300円 中学生以下100円
Photo Canon EOS 5D MarkⅡ(写真上)
Photo SONY NEX-7(写真下)
H25.7.13
住所: 茨城県鹿嶋市大字宮中2306-1
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