薬王寺跡(瀬戸内市・旧長船町)
池田光政の寺院整理で廃寺となった薬王寺跡
2014年03月04日
薬王寺は、山号は岡隆山(こうりゅうざん) 、奈良時代の報恩大師ゆかりの備前48ヶ寺の一つです。
平安、鎌倉、南北朝、室町時代にかけては、五反余の寺域に、三院(乾生院、西浄院、成就院)、六堂(薬師堂、大師堂、観音堂、仁王堂、阿弥陀堂、十王堂)が建ち並ぶ大寺院で、日常多数の参拝者でたいへんなにぎわいであったと伝えられています。
本尊は薬師如来です。
江戸時代に入り、寛文6(1666)年、藩主池田光政の寺院整理で、薬王寺も廃寺の憂き目にあい、本尊薬師如来は、小豆島の寺院へ、三院、六堂もそれぞれ他地域の寺院へ移され、北門鎮守の稲荷社、鬼門魔よけの地蔵堂の他の建物は、全部取り払い廃棄されました。
その後、信徒達の本尊取り戻し信仰したき旨の熱心なる願いが藩より許可されたので、二間に四間半の薬師堂を再建して本尊を迎え、僧一人を住まわせてこれを祭り、以来、地域の人々の熱心な信仰により、大正の終わりまでその状態が続いていました。
現在の堂宇は、大正15(1926)年に改修されたもので、今は無住です。
邑久郡北巡り八十八ヶ所霊場の第二番札所にもなっています。
境内にある墓石は、信徒である東原一統の元祖東原左京之尉夫妻(道栄禅定門・妙栄禅定尼)のものです。
(現地説明板より)
Photo Canon EOS 5D MarkⅡ
H26.2.16
住所: 岡山県瀬戸内市長船町福岡
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