実相寺・山高神代桜(北杜市・旧武川村)
日本三代桜の一つ、山高神代桜のある実相寺
2014年04月14日

実相寺は、山号は大津山、日蓮宗の寺院です。甲斐百八霊場第75番に選定されています。
日蓮を身延山に招いた波木井六郎実長の4代あとの波木伊豆守実氏が、身延山第5世鏡円阿闍梨日台上人の弟子となり、実相院日応と号し永和元(1375)年、同村大津にあった真言宗の寺を訪れ、住んでいた真理法院と法義を論じ合い、論破して寺を譲り受けました。
この時日蓮宗に改宗して大津山実相寺と称しました。
その後、永禄4(1561)年、川中島の合戦にあたって、武田信玄は蔦木越前守盛之を遣わし武運長久の祈願を命じ、永代祈願所として、一条次郎忠頼の城址であった山高の現在地を寄進、大津から移転して現在に至っているといわれています。
境内には蔦木氏代々の墓があります。蔦木氏は元々は知見寺氏と称していましたが、越前守盛之のとき、蔦木氏を名乗るようになりました。
法名に「日久」とあるのが、盛之で、「口宗」とあるのがその子盛常の墓です。
境内の山高神代桜は、日本三代桜(山高の神代桜、根尾谷の淡墨桜、三春の滝桜)の1本で、樹齢2000年ともいわれるエドヒガンの古木です。
伝説によれば日本武尊が御東征の帰り道、この地を訪れ、記念にこのサクラを手植えされたといわれています。また、その後日蓮上人がこの地を訪れ、このサクラが衰弱しているのを見て、樹勢の回復を祈られたところ、そのかいあって再び繁茂したと伝えられるため、別名を「妙法ザクラ」ともいいます。
幹の太いところでは日本で最大級の巨樹として古来より有名なサクラです。
幕末から明治初期に最盛期を迎えたといわれていますが、大正11(1922)年10月に国の天然記念物に指定されて以来、コンクリートの囲柵や石積がなされ、発育が阻害されたため、昭和23(1948)年には「3年以内に枯死」という宣告を受けました。昭和34(1959)年、台風7号が武川村を襲い、主幹が折れるという大きな被害を受けました。昭和59(1984)年には樹形を維持するために櫓を設置しなければならなくなりました。
樹勢を回復させるため、平成13(2001)年には根や病気の調査をしました。
平成14(2002)年から平成17(2005)年度までの4ヶ年にわたり土壌改良工事が行われました。平成18(2006)年には20年間覆っていたトタン屋根が撤去されました。
Photo Canon EOS 5D MarkⅡ
H26.4.5
住所: 山梨県北杜市武川町山高2763
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