十六橋(会津若松市・猪苗代町)
会津戦争の舞台となった十六橋
2014年05月28日
十六橋は、猪苗代町と会津若松市(旧河東町)に跨がる猪苗代湖の近くの日橋川にかかる橋です。
弘法大師が、16の塚を築き橋を造ったことが名前の由来です。
日橋川は、安積疏水が出来るまで、猪苗代湖から流れ出る唯一の川で、十六橋は旧二本松街道 (旧若松街道) の要衝でした。
慶応4(1868)年の会津戦争(戊辰戦争)の際あった橋は石桁橋でした。8月22日、母成峠を突破した西軍は、猪苗代城を占拠しましたが、手を緩めることなく、石橋の十六橋を会津兵が破壊する前に突破しようと、川村与十郎純義率いる薩摩軍は十六橋を攻撃しました。会津藩は、奇勝隊が十六橋の爆破に取りかかっていましたが、石橋のため破壊に手間取り、橋を爆破している奇勝隊に一斉射撃を加え薩摩藩士の別府新助らが川に飛び込み、川と橋から攻撃し、会津軍は撤退を余儀なくされ、西軍は、壊れた橋に板を渡して会津若松を目指しました。
橋は、その後明治13(1880)年、石造アーチ橋が完成し、安積疏水のためにオランダ人土木技師ファン・ドールン監修により十六橋水門が建設され、水門と兼用の橋が架けられました。
大正3(1914)年、水門と道路を分離するために新しく鉄製桁橋が完成しました。
昭和3(1928)年、現在の鉄製桁橋に架け替えられました。
近くには十六橋水門など安積疎水事業を指導したファン・ドールンの銅像が昭和6(1931)年、東京電力によって建立されています。
(現地説明板より)
Photo Canon EOS 5D MarkⅡ
H26.5.3
住所: 福島県会津若松市湊町大字赤井戸ノ口・耶麻郡猪苗代町翁沢船場
関連リンク
タグ
地図
関連情報