大村藩お船蔵跡(大村市)
大村藩の海運を支えた大村藩お船蔵跡
2015年01月04日
大村藩お船蔵は、玖島城に付属した施設で、4代藩主大村純長が、 元禄年間(1688~1703年頃)に築造したものです。ここには、殿様の使用した御座船を始め、藩の船が格納されました。
江戸時代、船は重要な交通手段でしたが、領地が海を取り囲む形の大村藩にとっては特に重要な乗り物でした。藩主が長崎をはじめ、領内各地に赴く時には、船が多く使われました。
この他、兵員輸送や各種物資の運搬にも使われるなど、大いに活用されました。したがって、船蔵は、藩にとって重要な藩船を格納する場所であり軍事面の備えのみでなく、交通産業面などでも藩を支えた施設でした。 この船蔵は、もとは外浦(ほかうら)小路の入口にあったことが記録に出ており、元禄年間に板敷浦(現在の場所)に移ったとされています。また、板敷櫓下の発掘調査で船蔵跡が発見されています。
このお船蔵の後ろ(現在の教育センター付近)には、米蔵や硝煙小屋があり、海を挟んで 正面には船役所がありました。
当時は、風雨を避けるため、石垣の上に柱を建て、屋根で覆っていたと思われ、柱穴の跡が石垣に残っています。旧城郭の一部として、古い石組と船渠(ドッグ)など昔の面影をそのまま残しており、このような船蔵遺構の例は数少なく、海城としての玖島城の特徴をよく現しています。海と密接な関係のあった大村藩の性格を伝える極めて重要な文化財として県指定史跡となっています。
(現地説明板より)
Photo Canon EOS 5D MarkⅢ
H26.12.26
住所: 長崎県大村市玖島1丁目
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