加藤嘉明公騎馬像(松山市)
松山城初代城主加藤嘉明公騎馬像
2015年03月29日
松山城ロープーウェイ東雲口駅舎北側にある加藤嘉明公騎馬像は、平成22(2010)年、松山中央ライオンズクラブにより建立されました。
加藤嘉明は、永禄6(1563)年、三河国永良郷賀気村(愛知県)に生まれました。
天正3(1575)年、羽柴秀吉に見出されて養子の羽柴秀勝の小姓となり加藤姓を名乗りました。
天正11(1583)年、秀吉と柴田勝家との戦いでは、名高い「賤ヶ岳七本槍」の1人として奮戦し、3000石の知行を与えられました。
その後、秀吉の旗本として多数の武功を挙げ、文禄4(1595)年に、伊予松前(正木)6万石に転封されました。
秀吉の死後は徳川家康に仕え、関ヶ原の戦いの後、慶長6(1601)年、伊予半国20万石に加増されました。
慶長7(1602)年、正月15日、松山城の築城を開始し、翌年居城を松前から松山に移しました。
文禄4(1595)年から6年間の松前時代と、慶長6(1601)年からの26年間の松山時代に、城主として城下町の整備や重信川、石手川の水利を整え良田を開発し更に殖産に意を注いで領民の生計安定に努めました。
寛永4(1627)年、嘉明公65歳の時、陸奥会津40万石に加増転封となりました。
(現地説明板などより)
Photo Canon EOS 5D MarkⅢ
H27.3.13
住所: 愛媛県松山市大街道3丁目2-46
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