新選組屯所跡地(函館市)
旧称名寺に箱館での屯所を置いた新選組屯所跡地
2015年08月10日
この周辺は、明治12(1879)年の大火までは称名寺があり、焼失後は現在の船見町に移転しました。
称名寺は幕末には英国・仏国の領事館、箱館戦争時には「土方歳三」の箱館市中取締就任にともない箱館警備の任に就いた「新選組」の屯所となりました。
土方歳三が戦死した場所は一本木関門、鶴岡町、栄国橋(異国橋/現在の十字街付近)など諸説ありますが、日野高幡不動尊金剛寺の過去帳に「箱館称名寺に鴻池手代大和屋友次郎建立の土方歳三供養碑がある」と記されています。
当時、旧幕府・箱館政府には財源がなく、地元民から運上金や通行税を徴収していました。戦況が逼迫してくると軍事金は底をつき、榎本武揚らは富裕な商家から金品を徴収することを計画しました。この時土方が猛反対して徴収は中止されました。これを知った大和屋友次郎はじめ箱館の商家の人々は、土方の死を悼んで称名寺に供養碑を建てたといわれています。
称名寺は明治期に3度の大火に見舞われ、その碑は現存していません。現在ある称名寺の供養碑は、昭和47(1972)年、有志により建立されたものです。
(現地説明板などより)
現在は、弥生小学校・函館元町ホテル周辺に屯所があったため、元町ホテル前に説明板が立っているのみです。
Photo Canon EOS 5D MarkⅢ
H27.7.16
住所: 北海道函館市大町4-6
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