夷王山墳墓群(上ノ国町)
標高159mの夷王山周辺にある夷王山陵墓群
2015年08月16日
夷王山(いおうざん)は標高159m、山頂には武田信広を祀る夷王山神社があります。永禄元(1558)年に創立され医王山神社・医王山薬師寺といわれていましたが、明治26(1893)年に子爵松前修広が許可を得て社名を「夷王山神社」、祭神を武田信広としました。
山頂からは、上ノ国市街はもとより、日本海に浮かぶ奥尻と大島の島影、熊石方向へ延びる海岸線が一望できます。
夷王山の山裾から勝山館の背後を取り囲むように天王山の麓のあたりに6地区に分かれて600基あまりの墓があります。
2×1、8m、高さ40cmほどの土饅頭で、径が7mほどのものもあります。
火葬した骨を箱などに納めて埋めたり、遺体を曲げて長方形の棺に納め北枕に土葬し、土や石を高く積んで墓を作っています。宋銭や明銭、漆塗りの椀や盃が納められることが多いのですが、大きな墓には覗、玉なども副えられていました。
いずれも仏教様式の墓と思われますが、シロシのついた漆器を副葬した墓やアイヌの流儀で葬られた墓もあります。また火葬の跡も見つかりました。
これらの墳墓群には勝山館を築いた武田信広とその一族、さらには勝山館を中心に中世の上ノ国を支えた多くの人たちが眠っていると思われます。
(現地説明板などより)
写真上:夷王山からの眺め
写真下:夷王山墳墓群
Photo Canon EOS 5D MarkⅢ
H27.7.17
住所: 北海道檜山郡上ノ国町字勝山
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