伊東市役所前の物見塚公園に石碑と伊東祐親公像がたつ伊東館
2016年04月06日
伊東を発祥の地として全国に広がった伊東氏は、平安時代末期に、ここに住みついた藤原南家工藤氏に始まるといわれます。曽我兄弟の祖父伊東祐親の二代前、伊東家次が初代と考えられています。伊東家は、以後鎌倉時代をへて戦国時代末期まで、長い間この地とかかわりがあったので、伊東家館跡の伝承地は幾つかあります。
この高台の一角にある物見塚に、物見の松と伝承される老松があり、この場所は伊東家館跡と伝承されてきました。現在は物見塚公園となり、馬上姿の伊東祐親像が置かれています。永くその姿を誇って来た物見の松は、昭和57(1982)年に枯死し、現在はその塚の上に小さな三代目の松が植えられています。
この高台のふもとにあたる仏光寺も、鎌倉時代の伊東の地頭であった伊東八郎左衛門尉の屋敷跡と伝承されています。
伊東市役所前の物見塚公園の石碑に説明書きがあり、公園内には伊東祐親公像があります。寿永元(1182)年武将伊東祐親が自ら壮絶な死の道をあゆんでより、すでに800年の歳月が刻まれました。源平両氏交替期の大きなうねりのなかで、その行く手を冷静に見きわめながらも譜代の臣として、斜陽の平氏への忠節に、ひとすじ、武将の信と意地をつらぬきとおした生涯でした。
後の世、この地に生をうけた一歌人が、次のようにうたいました。
まぼろしの雄叫びきこゆ滅ぶると
知りつつ武将のちから竭しき
豊かな歴史の息づく伊東には、その昔、領主として地域の繁栄に重要な役わりをはたした伊東氏をめぐる史蹟が数多くつたえられています。
(現地説明板などより)
Photo Canon EOS 5D MarkⅢ
H28.3.5
住所: 静岡県伊東市大原2丁目1-1