長浜城(沼津市)
北条水軍の城で国指定史跡・長浜城
2016年04月18日
長浜城は北条水軍の城です。戦国時代の水軍の拠点の多くは、陸地から離れた島に築かれていますが、この長浜城は全国的にも珍しい山城の特徴を持つ水軍の城です。
長浜城が城として使われたのは、戦国時代の終わりの天正7(1579)年~天正18(1590)年頃と考えられています。
氏直の時代に、甲斐の武田氏が駿河へ攻め狩野川河口に三枚橋城を築いて水軍を配置しました。そして黄瀬川に出陣し、北条氏政と戦うなどこの地を巡り争いを繰り広げたため、北条氏の城として武田氏に対抗するために長浜城は築かれました。
北条水軍は武田氏に対抗するため、梶原備前守景宗を大将として、ここ長浜城に特別な軍船隊を置きました。梶原景宗は伊勢の出身で、当時西国で発達していた「安宅船」と呼ばれる大型軍船の運用を得意としていました。長浜城は梶原景宗の指揮する「安宅船」船隊の基地として整備され、武田水軍に対して有利に戦いを進めるための足場になったのです。天正8(1580)年には武田・北条両氏水軍による駿河湾海戦が行われました。
一方、天正18(1590)年の記録からは、最終的にこの地の土豪(有力者)が、武将として城に立てこもり、敵に備えたことがわかっています。
しかし、豊臣秀吉の攻撃によって、三島市にある山中城が落城するなど、その影響で長浜城も廃城になったと考えられます。
昭和63(1988)年、国の史跡に指定され、平成3(1991)年度から平成16(2004)年度にかけて沼津市が土地を取得し、平成13(2001)年度から平成26(2014)年度にかけて史跡整備を行いました。
(現地説明板などより)
Photo Canon EOS 5D MarkⅢ
H28.3.6
住所: 静岡県沼津市内浦重須
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