武田信玄と徳川家康が戦った三ヶ野坂古戦場〔大日堂古戦場〕
2017年05月31日
南北朝時代に宗良親王がその心境を三ヶ野橋に託してここを通ったときの歌が残されているようにこの辺りは歴史や地形上からも東西の交通の要衝でした。また武田軍の遠州侵攻のときは古戦場となりました。戦国時代のはじめ頃は、遠江地方は駿河の今川氏の支配下におさめられていましたが、今川氏滅亡後は今川氏に代って家康によって治められた。ところが、元亀3(1572)年上洛を目指す甲斐の武田信玄が遠江へ進出し、木原に陣を布きました。
これを迎え撃つため徳川勢は浜松城を出て、三ヶ野・見付宿・一言坂と戦いました。この大日堂の高台には、本多平八郎物見の松と伝えられる大松が残されていました。
三ヶ野坂は、旧東海道の松並木・車井戸跡・鎌田薬師堂道標・立場茶屋跡等を見て隣接の桶ヶ谷沼・鶴ヶ池を廻る家族向けのハイキングコースとして好評を博しています。
東から三ヶ野橋を西進すると、標高38メートルある大日山の急斜面を這うように江戸時代の旧東海道と交差しています。
そこを200メートル西進して、北向きに明治27(1894)年築造のなだらかな坂道を降りると大正6(1917)年築造の道路と交差していて、その横は昭和30(1955)年築造の国道1号線となります。
交通量の増加で磐田バイパスが計画されて立体交差の袴道橋が平成2(1990)年に完成しました。国道の地下道を抜けると北側は桶ヶ谷沼に続きます。ここから見付に抜ける間道は、俗に言う質屋通いの隠れ道でした。時代別に順次作られた七つの道が1ヶ所にまとまって見られるのは珍しいです。
(現地説明板などより)
Photo Canon EOS 5D MarkⅢ
H29.5.3
住所: 静岡県磐田市三ヶ野