東漸寺(旭市)
東漸寺は、山号は殿玉山、真言宗の寺院で木曽氏の菩提寺です。
木曽義昌は信濃国木曽地方を領有し、戦国時代に武田、徳川、織田、豊臣の各武将に伍して活躍した。天正18(1590)年豊臣秀吉の命によって下総網戸(現在の旭市イ)1万石の城主として、山国から潮騒の地に移されました。僅か5年の在世でしたが、桜木を愛し、城下町をつくり、新田開発などに力を尽くしたといいます。
ここ真言宗殿玉山東漸寺は文禄2(1593)年義昌に招かれた悦道和尚が開基しました。義昌は菩提料を寄進して厚く尊崇しました。
義昌は文禄4(1595)年3月、56歳の波乱に富んだ生涯を終えました。供養塔は義昌夫人、ならびに木曽家代々のものです。なお脇に立つ六地蔵を刻んだ石灯籠「憧」は市内唯一のものです。
義昌は寺の北側に広がる椿の海に水葬されました。後年、椿の海が干拓されたため水葬地に墓塔が建てられました。石塔には「木曽左典厩兼伊予守源義昌朝臣墓」と刻まれている。明治44(1911)年改修されました。
義昌250回忌に京都の国学者野々口隆正が、「信濃よりいつる旭を志たひ幾て東の国にあととどめ見舞」と詠みました。明治22(1889)年、新町名をつける際、発展の象徴である旭日とともに、この和歌の旭をとって旭町とつけられました。東漸寺及び地元では義昌死去の3月17日に毎年供養を行っています。
(現地説明板などより)
Photo Canon EOS 5D MarkⅢ
H29.7.16
住所: 千葉県旭市イ2337
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