銚子陣屋〔飯沼陣屋〕(銚子市)
高崎藩の陣屋・銚子陣屋〔飯沼陣屋〕
2017年08月30日
利根水運が江戸に通じるようになって以降、日本海や東北各藩の物産が銚子港経由で江戸に運ばれることになり、幕府では、享保2(1717)年、親藩の中から高崎藩を銚子の統治に当たらせました。
以後、廃藩置県を迎えるまで約150年間にわたって、高崎藩では銚子に陣屋を置き、郡奉行1人と、代官2人を主役として派遣させ、領内の年貢の徴収や領内の治安維持、領民からの訴訟などの治にあたりました。高崎藩の職制では「郡奉行は上士の末席出身で、郡村にかかわる一切の事務を総轄し、毎日役所に出勤して事務を取り扱い、配下に手附留役(下士)5名、米見(卒)10名を従えていました。また、代官は中士または下士の出身で、郡奉行に付属して、一郷2名ずつの受け持ちを定め、収租その他郷村百般の事務を取り扱う。」と高崎市史にあります。支配領地のことを「代官所」、執務を行う建物は「陣屋」といいます。
文政8(1825)年6月、渡辺崋山は江戸を発って四州(武蔵・常陸・上総・下総)巡りの旅に出ました。このとき崋山が銚子で描いた「新町大手奉行屋敷」が、「四州真景図巻」に残されています。
陣屋町公園の一角に「旧陣屋跡」の石碑と公園内に陣屋の案内板が設置されています。
(現地説明板などより)
Photo Canon EOS 5D MarkⅢ
H29.7.16
住所: 千葉県銚子市陣屋町6
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