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煙硝倉跡(鹿児島市)

薩摩藩の火薬製造所・煙硝倉跡
2018年02月27日
安政5(1858)年、島津斉彬は、今の谷山電停付近一帯から清見橋を境に、永田川の下流部、小松原納骨堂付近一帯に煙硝倉を建設しました。
その面積は四町七反歩(約14,100坪)といわれています。煙硝倉の周囲はからたちの木で囲まれそれに隣接して棕櫚(しゅろ)の木が2mくらいの間隔で植えてあり、その間に高い杉や松の大木が立っていました。四町七反といわれる地域には誰も踏み込めませんでした。
「薩摩藩海軍史」には、中塩屋の煙硝倉に兵廠30軒、作土仕込み成熟採製は西洋人(イギリス人)が硝石試験をし、他藩より伝習人も滞在したと記録されています。その後、薩摩各地に硝石工場、貯蔵所が作られているが、谷山の煙硝倉がその先駆けをなし、指導的な役割を果たしました。
西南戦争の際、煙硝倉は官軍により焼き払われましたが、この焼け方がすごかったので500mも離れた波ノ平付近の民家などみな類焼の災いにあいました。また、ラ・サール高校北側付近に、射場山跡があり御流儀(洋式)炮術の演習が行われたところで、大砲の射場があった場所です。「島津斉彬文書」によれば、弘化3(1846)年8月28日、谷山中塩屋において洋式炮術の演習があり、島津斉彬が上覧したと記されています。大仕掛けの演習で、真夏の炎天下に砂浜での炮車は容易に回らず、多人数で炮車を押して移動させるなど、全て実戦のようであったといわれていました。
嘉永6(1853)年、幕末ペリー来航以来、内治外交多端な時、島津斉彬は谷山の地において火薬の製造、大砲の演習を行わせました。
(現地説明板などより)

Photo Canon EOS 5D MarkⅣ
H30.1.29
住所: 鹿児島県鹿児島市小松原2丁目

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