井堤寺〔井手寺〕跡(井手町)
橘氏の菩提寺・井堤寺〔井手寺〕跡
2018年05月06日
井堤寺は、円提寺(井手寺)とも称され、天平時代の左大臣・橘諸兄公が、母・美千代の一周忌にちなみ創建した氏寺と伝えられています。
造営の折諸兄公は、金堂の四面に山吹を植え、黄金色の花・山吹が水に映る風情を楽しめるように工夫されたとの事です。
現在は偲ぶよすがもありませんが、付近一帯には、通称名として薬師堂・ドウノウエ等の地名が残されており、奈良時代の井堤寺は、七堂伽藍の壮大な威容を誇っていたと考えらます。
この他井堤寺には、小野小町が出家して当寺で余生を過ごしたことなど、小町ゆかりの伝説も伝わっています。
井堤寺跡からは、礎石のほか、銅銭、海獣葡萄鏡、軒瓦等が出土しています。
出土した蓮華文の丸瓦と唐草文の平瓦を復元し、跡地にある四阿の軒瓦として用いています。
平成13(2001)年夏、府道和束井手線の改良工事に伴う発掘調査で、東西に並ぶ七基の柱穴を確認しました。一辺が1m前後の四角形の掘り方を持つ柱穴は、3m(10尺)ごとに一列に並んでいました。柱穴内には柱の跡や柱を支えた根石も見つかりました。
調査地が狭かったことから詳しいことは不明ですが、これらの柱穴は建物の一部になる可能性があります。
今回確認された柱穴群は、壮麗な建物群を配したとされる井堤寺の建物の一面とも考えられます。
伝承にしか残っていなかった井堤寺に関する遺構が見つかったことは重要な成果といえます。
(現地説明板などより)
Photo Canon EOS 5D MarkⅣ
H30.3.27
住所: 京都府綴喜郡井手町井手東高月
関連リンク
タグ
地図
関連情報