慈恩寺(寒河江市)
慈恩寺(じおんじ)は、山号は瑞宝山、本尊は弥勒菩薩、慈恩宗の本山です。
神亀元(724)年、僧行基が諸国巡錫の際、この地を選び天平18(746)年聖武天皇の勅命によって婆羅門僧正菩提僊那(印度僧)が開基し、弥勒菩薩を本尊として、寒江山大慈恩律寺と号したと伝えられています。
平安時代寒河江荘が摂関家藤原氏の荘園として成立したのは延久元(1069)年以前とされていますが、慈恩寺は藤原氏の庇護をうけ、荘寺的性格の寺院であったと推定されます。
天仁元(1108)年鳥羽天皇の勅により、奥州藤原氏2代藤原基衡が当寺を修営し、仁平年中(1151~1153)奈良興福寺の僧願西上人が再興し諸堂造営を行いました。京文化を伝える平安後期の仏像が14体を数えるのは、当時の慈恩寺を物語ります。
その後文治元(1185)年後白河院の院宣により、右大将源頼朝の下文を帯して高野山から真言僧弘俊阿闍梨が来山し山号を瑞宝山と改めました。
鎌倉以降、領主寒河江氏(大江氏)の庇護を受け、寒河江氏が滅亡すると最上氏がこれに代わり、元和8(1622)年最上氏改易後は幕府より2812石余の御朱印を付せられ、勅願寺としてまた鎮護国家の祈祷寺として崇敬されましたが、明治維新後御朱印が停止され、一山は衰亡ましした。
慈恩寺の宗派は、法法相宗に始まり、天台宗・真言宗・修験の外時宗、禅宗等多様な宗派が入り混じっていおり、最上、華蔵、宝蔵の三か院48坊からなる一山寺院でした。
戦昭和27年(1952年)「天台真言両宗慈恩寺派」となり、昭和47年(1972年)「慈恩宗大本山慈恩寺」として独立し現在に至ります。現在は3ヵ院17坊が一山を支えています。
慈恩寺には国指定の重要文化財をはじめ、県市の指定にかかる多くの文化財を有し、東北有数の巨刹として、また霊場として人々に尊崇されています。
平成26〔2014〕年10月6日付で慈恩寺旧境内は国史跡に指定されています。
Photo Canon EOS 5D MarkⅣ
R4.5.5
住所: 山形県寒河江市大字慈恩寺地籍31番地
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