八講師城(米原市・旧山東町)
標高486mの八議師山に築かれた山城・八講師城
2022年11月17日
八講師城は、梓河内に所在する標高486mの八議師山に築かれた山城です。名前の示すとおり、地元では「八講寺」もしくは「八光寺」という寺院があったと伝わっています。いつごろから城郭に改修されたかはっきりわかっていませんが、江戸時代の文献史料には、城主として京極九郎高数、多賀豊後守高忠などの北近江の守護京極氏や有力家臣の名前が挙げられています。
標高486mという非常に高い位置に築かれたこの城郭は、連続する複数の曲輪で構成される連郭式の縄張り構造を持ち、中心部は方形を意識した三段の曲輪で構成されています。山頂部に位置する曲輪Ⅰが主郭とみられ、曲輪Ⅰから階段状に曲輪を配置しています。曲輪Ⅰの南西隅には櫓台状の遺構が設けられています。
曲輪Ⅱ、Ⅲには石積みや石積みで両脇を固められている虎などが設けられており、戦国末期に改修されたことがうかがえます。また曲輪川の北東隅には、石積みで固められた櫓台が設けられています。
中心部から5方向に尾根が派生しており、それぞれにもまた曲輪が配置されています。北方向に伸びる尾根には、非常に高低差のある急峻な切岸が設けられており、かなりの土木量が投入されて築かれたことがわかります。
八講師城は集落から隔絶した非常に高い山に築かれており、かなりの土木量を投入して築かれた巨大な切岸を備え、中心部には石積みを用いるなど高度な城郭構造を持つことから、単なる在地の城とは考えにくく、大名クラスの勢力の出撃拠点もしくは領地への侵入を阻むための防御拠点であったのではないかと考えられています。
(現地説明板などより)
Photo Canon EOS 5D MarkⅣ
R4.11.6
住所: 滋賀県米原市梓河内
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