旧見付学校(磐田市)
旧見付学校は、明治5(1872)年の学制発布後まもない明治8(1875)年8月7日に落成した、現存する日本最古の擬洋風木造小学校校舎です。
見付学校を第12中学区内第1番小学校にと地元の熱意で、明治7(1874)年堂宮棟梁伊藤平右衛門の設計で着手、翌8年に開校しました。
基礎の石垣は遠州横須賀城の石垣を利用し、間口 12間・奥行き5間の木造洋風2階建てに屋上2層の機を完成させました。玄関はエンタシス・様式の飾柱、分銅付き窓の日本最古の現存木造洋風校舎です。
当初は4階建てでしたが、就学児童の増加に伴い、明治16(1883)年に2階天井裏を改築、3階部分を増築し、今の5階建て〔3階塔屋2層)となりました。
5階は太鼓楼で、早朝の登校の合図や正午の時報が打ち鳴らされていたといわれています。
見付学校は大正11(1922)年3月に閉校し、小学校としての役割を終えましたが、その後は裁縫女学校や教員養成所、病院等、さまざまな施設として利用されました。
昭和44(1969)年に、北側にある磐田文庫とともに国指定史跡となり、現在は教育競係の資料等を展示しています。
磐田文庫は、淡海国玉神社の神官大久保忠尚が、寄付と私財を合わせて200両を投じて元治元(1864)年4月に設立した私設図書館です。
忠尚は自宅に門下生を集めて利漢の書を講じ、維新の際に違州報国隊を組織して活躍したことから、磐田文庫は遠州国学の象徴ともいえます。内外の書約500冊を所蔵しています。
建物の構造は、角材を積み上げた校木造二階建で、間口5.5m、奥行き5.7m、平面積約31㎡を測り、4室が設けられています。
磐田文庫は平成4(1992)年県の補助金を受けて解体復示修理をおこなっています。
1階には、徳川家康が浜松城に敗走する際それを助けるために酒井忠次が打ち鳴らしたと言われる「伝酒井の太鼓」が展示されています。
入場無料
営業時間 9:00〜16:30
休業・休館日
毎週月曜日(月曜日が祝日又は振替休日の場合は開館)
国民の祝日の翌日(土・日・月曜日の場合は火曜休み)、年末年始(12/29〜1/3)
Photo Canon EOS 5D Mark Ⅳ
R5.10.15
住所: 静岡県磐田市見付2452
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