横割八幡宮(富士市)
富士川の合戦ゆかりの地・横割八幡宮
2025年10月04日
横割八幡宮は、祭神を応神天皇とする神社です。
治承4(1180)年10月、源頼朝と平維盛が富士川を挟んで対陣しました。富士川の合戦です。
この時源頼朝が弓矢と馬を奉納し平氏追討の戦勝祈願をしたところ、20日の暗夜に甲斐源氏武田信義の軍が移動を始めた際、付近の沼に羽を休めていた水鳥が物音に驚き、大きな羽音をたてて飛び立ちました。その音を聞いた平家の兵は、源氏の夜襲と思い込み、戦わずに京都に逃げ帰り四散してしまいました。
頼朝は随喜して八幡宮に、弓の鏃と馬を奉納し地名をヨロコビの賀島と名付けて書き残されました。
以後賀島を中心に多くの村々ができる折、社地の横に村割りを始めたので横割村と名づけられました。頼朝の戦勝祈願が成就したとの伝承から、村では霊験あらたかな神様であるとして篤く信仰されました。
その後、年月の推移とともに、社殿は破損して野中の小祠となっていきました。元亀3(1572)年武田信玄からこの地を賜った伊藤左衛門正久は、この八幡宮の御神徳を尊び、社殿と神領を寄進しました。
間もなく武田家没落で、正久は浪人となって、神領がなくなり、その後正久も家康の関ヶ原戦に参陣し討死しました。それでも正久の子孫が年貢地や小祠を寄進し、毎年九月九日に来之宮神主による祭礼を催してきました。
また常には社地に庵住の出家が朝夕の勤行を努めており、よってこの所は昔から当時まで、飢饉、疫病、水難、火難もなく隣郷までの津波にも安泰でした。
令和4(2022)年の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の第9回「決戦前夜」の「鎌倉殿の13人紀行」で紹介されました。
Photo Canon EOS 5D MarkⅣ
R7.9.14
住所: 静岡県富士市横割2-3-35
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