最恩寺(南部町)
仏殿は国の重要文化財・最恩寺
2025年10月13日
最恩寺は、山号は福士山、本尊は釈迦如来、臨済宗妙心寺派の寺院です。
長久年間、後朱雀天皇の時代の開創で、南部町最古の建立と云われています。
天台宗に属していましたが後に甲斐源氏武田氏の帰依を受け臨済宗に転宗し現在に至っています。
この仏殿は中国・宗時代の仏殿建築の手法をそのまま移して建てたもので、典型的な唐様式で一名禅宗建築とも呼ばれ禅の思想をよくあらわしています。
特徴としては、身舎背面柱から「もこし」前面柱に大虹梁を渡し大瓶束を立て、又軒には垂木を上下層とも用いていなくそのため大変に美しく見られます。
建立されたのは室町時代の初期の応永2(1395)年と云われ武田氏の寄進で仏殿、方丈、庫裡等禅宗寺院としての伽藍を整備されましたが貞享2(1685)年7月火災にあい仏殿だけが残り当時をしのぶことができます。
仏殿は昭和28(1953)年3月31日、国の重要文化財に指定されています。
また、「絹本着色穴山勝千代画像」を所蔵しています。勝千代(信治)は穴山信君(梅雪)の子で、梅雪の死後当主となり天正15(1588)年に元服しましたが、6月7日に死去しました。勝千代の肖像は天正19(1591年)年のもので、寸法は縦90.5センチメートル、横49.5センチメートル。桂岩徳芳による賛文があります。勝千代の死を哀れんだ生母で武田信玄の娘の見姓院が制作したもので、折烏帽子をかぶる元服を終えた少年の姿として描かれています。小袖の右側には穴山氏の家紋である三盛花菱が描かれています。
Photo Canon EOS 5D MarkⅣ
R7.9.14
住所: 山梨県南巨摩郡南部町福士23502
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