鳥取藩台場・赤崎台場(琴浦町〔旧赤碕町〕)
国の指定史跡なった鳥取藩台場・赤崎台場
2025年11月12日
赤崎台場跡は、鳥取藩が文久3(1863)年から元治元(1864)年にかけて、海岸防備の強化を目的として築いた台場の一つです。因幡国では浦富・賀露・浜坂の三箇所、伯耆国では橋津・由良・八橋・赤崎・淀江・境の六箇所に設置されました。
この赤崎台場は、他の鳥取藩の台場と同様に西洋式の城塞プランを採用しており、全国的にも珍しい半円形の構造を持っています。台場の構造は三段の土塁で構成されており、一段目から順に「護胸壁」「砲壇」「往来」と呼ばれます。
赤崎台場跡は、戦後まもなくまで良好な形で残っていましたが、昭和33(1958)年から始まった国道9号の工事による残土の埋め立てで大部分が失われ、現在では外周部分にのみその面影をとどめています。
しかし、平成25(2013)年から平成26(2014)年にかけて実施された発掘調査により、「護胸壁」「砲壇」「往来」といった三段の土塁が良好な状態で残存していることが確認されました。また、確認された土塁の規模が当時の絵図に描かれたものよりも小さいことから、実際には絵図よりも小規模に築かれた可能性が高いと考えられています。
平成28(2016)年3月1日に「史跡 鳥取藩台場跡」に追加指定されるかたちで、赤崎台場跡が国の指定史跡に加わりました。(現地説明板などより)
Photo Canon EOS 5D MarkⅣ
R7.11.8
住所: 鳥取県東伯郡琴浦町赤碕
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