水郷柳川 川下り 〔柳川観光開発〕(柳川市)
三柱神社から御花まで柳川の堀割を巡る水郷柳川 川下り 〔柳川観光開発〕
2025年12月11日
柳川はかつて有明海の中にあり、弥生時代から先人が少しずつ形づくってきた唯一無二の地形をしています。土を掘り、水を引くという方法で陸地を作り出し、生活の場を確保していき、人々は掘割に雨水をため、飲料水や農業用水として利用してきました。
時代が進むにつれて、それらの掘割が増えていき、掘割がつながりあって水路となり、水郷が築かれていきます。そして、戦国時代になると柳川に城が築かれ、城下町の掘割、城掘として整備されました。慶長5(1600)年の関ヶ原の戦いでは立花宗茂は西軍に味方したため、敗戦後に改易。立花宗茂の代わりに田中吉政が柳川城に入り、本格的な改修を開始しました。田中吉政の主導により五層の天守や城郭の整備が進み、近世柳川城とともに掘割が整備されました。
柳川の川下りは、正確には掘割下りです。
柳川市内には総延長470キロメートルに及ぶ大小の掘割が網の目のように巡り、独特な水郷風景を形成しています。
掘割は、水をためることにより、降り過ぎた雨水を一時遊ばせて内水はん濫を防いだり、農業用水や防火用水等に利用されたりして生産や市民生活と直接にかかわる重要な役割を担っています。
この掘割は、先人たちが水と共生していくなかで形成された貴重な柳川市の歴史的財産と言えます。
柳川市内で川下り(お堀めぐり)を行っている会社が7社あり、船会社ごとに乗船場とコースが異なります。
利用したのは柳川観光開発株式会社です。柳川観光開発は、柳川の川下り観光を昭和36(1961)年創業したのが始まりです。現在の乗船場がある「松月文人館」は明治中期の建物で、北原白秋の詩集「思ひ出」にもうたわれた白秋ゆかりの場所です。三柱神社の鳥居付近にある松月乗船場を起点として、御花まで4.5キロメートルのコースをおよそ70分かけてめぐります。
柳川観光開発
通常川下りコース
大人2,000円 小人(6歳〜12歳)1,000円
営業時間
9:30〜14:30(受付時間) 乗合(30分毎)、貸切船あり
Photo Canon EOS 5D MarkⅣ
R7.11.21
住所: 福岡県柳川市三橋町高畑329
関連リンク
地図
関連情報