佐賀の偉人モニュメント〔辰野金吾、曾禰達蔵〕(佐賀市)
佐賀銀行本店前にある辰野金吾、曾禰達蔵の銅像
2025年12月14日

佐賀県では、明治維新150年を記念して、平成30(2018)年3月17日から平成31(2019)年1月14日にかけて佐賀市城内エリアを中心に県内全域で佐賀の歴史、食、文化、アートを楽しむことができる「肥前さが幕末維新博覧会」を開催しました。
佐賀市内にある佐賀ゆかりの偉人25名の等身大モニュメントは、この博覧会を訪れた人に佐賀駅からメイン会場までの通りを楽しんで歩いてもらうために設置したものです。佐賀市のメインストリート(中央大通り)です。
また、25名のうち佐賀市以外にゆかりのある11名の偉人の等身大モニュメントは、佐賀を訪れる人に偉人のゆかりの地にも足を運んでもらいたいとの想いから博覧会終了後に偉人ゆかりの地にも追加設置しました。
日本の近代建築の先駆者として佐賀銀行本店前に辰野金吾、曾禰達蔵の銅像も設置されています。
辰野金吾は、建築家・教育者で、現在の佐賀県唐津市の出身です。唐津藩の英学校「耐恒寮(たいこうりょう)」で高橋是清に学んだ後、明治6(1873)年に工部大学校(現・東京大学工学部)に入学しました。同期生の曾禰達蔵らとともに、イギリス人建築家ジョサイア・コンドルのもとで西洋建築を学び、日本人初の建築家の一人となりました。
イギリス留学を経て、明治17(1884)年に工部大学校教授に就任し、多くの後進を育成しました。また、造家学会(現・日本建築学会)を創設するなど、日本の建築界の発展に尽力しました。銀行やホテルなど200棟以上の建築設計に携わり、日本銀行本店や東京駅など、国の重要文化財となる代表作を残しています。
曾禰達蔵は、建築家で、江戸の唐津藩邸に生まれました。明治維新後、唐津藩の英学校「耐恒寮」に入り、高橋是清に師事しました。その後、同郷の辰野金吾とともに工部大学校(現・東京大学工学部)に入学し、ジョサイア・コンドルのもとで西洋建築を学び、日本人初の建築家の一人となりました。
卒業後は工部大学校助教授や海軍省に勤務し、明治23(1890)年に三菱社へ入社しました。東京・丸の内に、日本初の本格的オフィス街である「一丁ロンドン」と呼ばれた街区の建築を手掛けました。明治41(1908)年には「曾禰中條建築事務所」を開設し、慶應義塾創立五十年記念図書館(現・慶應義塾図書館旧館、重要文化財)や、世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産」の構成資産である長崎造船所の占勝閣(所長邸宅)などの代表作を残しています。
(現地説明板などより)
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R7.11.21
住所: 〒840-0813 佐賀県佐賀市唐人2丁目7
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