本庄館〔鍋島直茂生誕地〕(佐賀市)
鍋島家の先祖は佐々木源氏で長岡伊勢守経秀と言い、京都長岡の領主でしたが、永徳年間(1381~84)、その子三郎兵衛尉経直と共に肥前に下り、今の鍋島町に住みました。鍋島町の東北一本松に約4畝程(約4アール)の土地があり、これを「御館の森」と称しました。
経直の時代に「鍋島」と名乗り、佐賀郡本庄村、今の本庄町東寺小路千本松に移住しました。これが本庄館です。
佐賀藩藩祖・鍋島直茂(天文7年(1538)~元和4年(1618)〕は、清房の二男としてこの地本庄館で生まれました。母は、龍造寺家純(隆信の祖父)の娘です。
現在、胞衣塚だけが残っています。
初名は彦法師丸、信安、信昌または、信生(のぶなり)、天正17(1589)年従五位下に叙され、加賀守となり、直茂と改めました。戦国武将・龍造寺隆信のもとで武功を重ねました。
元亀元(1570)年、豊後の大友義鎮(宗麟)の佐賀城攻略に際し、今山(大和町)に布陣した大友勢を直茂の果敢な働きで、敗退させました。
天正12(1584)年、龍造寺隆信が島原の戦いで戦死すると龍造寺氏の領国の取締りに当りました。慶長12(1607)年、龍造寺政家・高房の死後、多布施に隠居し家督を嫡子勝茂(佐賀藩初代藩主)に譲りました。元和4(1618)年、81歳で亡くなりました。
法名高伝寺殿日峰宗智大居士。
(現地説明板などより)
Photo Canon EOS 5D MarkⅣ
R7.11.22
住所: 佐賀県佐賀市本庄町本庄
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