大興善寺(基山町)
「つつじ寺」の別称があり紅葉も美しい大興善寺
2026年01月12日
大興善寺は、山号は小松山、天台宗の寺院です。九州三十三観音霊場第4番札所及び九州四十九院薬師霊場第49番札所です。
聖武天皇の勅願により、養老元(717)年行基により創建されました。本尊は、行基の作と伝えられている本尊木造十一面観音です。
当時のお寺の名前は、「観世音寺」あるいは「無量寿院」といわれていたそうです。
承和元(834)年に堂宇伽藍は、ことごとく焼失しましたが、本尊は、火災を逃れました。
このご本尊のご霊徳により遠近より参拝者が絶えず、笠を脱がないと通れなかったので笠脱観音と呼ばれておりました。
承和14年(847年) 慈覚大師円仁が唐より帰朝の途中、名刹の炎上を嘆いてお寺を再興して、元政阿闍梨より教えを受けられた中国仏教の中心的寺院「大興善寺」から寺号を「大興善寺」と改め天台宗の寺院となりました。
鎌倉時代から南北朝時代、戦乱の中、寺領300余町も奪われ、堂舎も破却されましたが、天文11(1542)年、筑紫惟門により再建されました。
元和10(1642)年、対馬藩主宗義成が、江戸時代初頭より、「田代領」を飛び地としていたことから本堂が再建されました。
明治に廃仏毀釈により無住となりましたが、明治2(1869)年、島原和光院より玉岡誓恩師が大興善寺の法灯を継ぎ127段の石坂改修、宗家御霊堂の安置等を行いました。
玉岡和尚最後の弟子である神原玄祐師は、大正9〔1920)年より本堂の裏山を造成しヒラドツツジを中心に5万本が植栽されており「つつじ寺」の別称があります。昭和55(1980)年に法灯を継いだ神原玄應師は、参道石畳の整備、薬師堂・鐘楼を再建等、寺域の整備につとめました。
4月5月の春のつつじのシーズンとあわせて、秋には紅葉の名所として参拝者が増え、契園内に日本庭園を造り現在では紅葉の名所としても知られています。
拝観時間 8:30〜日没
拝観料
シーズン期間 大人600円 小中学生300円
シーズン期間外 大人300円 小中学生100円
Photo Canon EOS 5D MarkⅣ
R7.11.24
住所: 佐賀県三養基郡基山町園部3628
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