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岡山城(岡山市北区)

美しい黒い下見張りの外観を持つ天守閣・岡山城
2006年07月09日
カテゴリ : 岡山県 > 観光 > 建物・史跡
岡山城は、宇喜多氏、小早川氏、池田氏の居城として知られています。
元亀元(1570)年、宇喜多直家は石山に城を構えていた金光宗高に、備中への内応の疑いありとして切腹を命じ、その城を接収し沼城から本拠を移しました。
慶長2(1597)年、本丸を現在の場所に移し、宇喜多秀家によって築城され、「金烏城」とも呼ばれる黒い下見張りの外観を持つ天守閣を築きました。
宇喜多秀家は、慶長5(1600)年の関ヶ原の戦いに西軍の主力として出陣し、奮戦しましたが敗北し八丈島へ流されました。
その後小早川秀秋が入城しましたが2年余りで急死し、改易となりました。
そのあと姫路城主池田輝政の子、池田忠継に備前一国を与えられ岡山城に入城しました。忠継の死後は弟の忠雄が継ぎましたが、その子光仲の代で鳥取城に移封されました。
忠継、忠雄は池田輝政と徳川家康の娘督姫との間に生まれた子です。
光仲と入れ替わる形で池田光政が入封しました。光政の系統は輝政と先妻(中川氏)との間の子、利隆の系統です。
以後光政の系統の池田氏が幕末まで続き、明治維新にを迎えました。

昭和6(1931)年天守が国宝保存法に基づき当時の国宝(現行法の「重要文化財」に相当)に指定され、昭和8(1933)年には月見櫓、西之丸西手櫓、石山門が追加指定されました。
昭和20(1945)年6月29日のアメリカ軍の岡山空襲で天守・石山門を焼失しました。
昭和25(1950)年、 文化財保護法の施行により、焼け残った月見櫓・西之丸西手櫓が重要文化財に指定されました。
現在の天守は、昭和41(1966)年に再建された鉄筋コンクリート造りのもので同時に不明門・廊下門・六十一雁木上門・塀の一部も再建されました。
平成8(1996)年、築城400年記念事業として、創建当時の天守には金の鯱が載っており金烏城と呼ばれていたとの伝承から鯱に金箔を施されました。
平成18(2006)年、 日本100名城(70番)に選定されました。
令和3(2021)年から令和4(2022)年にかけて耐震補強など令和の大改修が行われ、11月3日リニューアルオープンしました。

H18.7.1
Photo Canon EOS 5D MarkⅡ
H21.10.31(写真差し替え)
住所: 岡山県岡山市北区丸の内2丁目3−1

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この記事へのコメント

2015年8月31日 20:54
桜旅人です。
いいですね。秀家築城のお城!
戦時中に焼失していなければとかえすがえす思いますね。
宇喜多秀家は、秀吉も目をかけ朝鮮の関白にと考えていたようですね。
親父と違って、信義厚い人物だったと思います。
コメントへの返答
2015年8月31日 21:09
こんばんは。
いいお城です。天守台が、不等辺五角形というのも安土城の雰囲気を継ぐ織豊系城郭の典型だけに、貴重な存在でした。戦災で焼失したのが本当に惜しかったです。
宇喜多秀家は、八丈島に流されてからも側室を置かなかったそうです。豪姫への愛情と、援助してくれる前田家への恩情を感じていたからと想像されます。

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