ワタシの育った生家の西隣の土地は、畑だった。
野菜各種育てていた。
食事の準備をするのに、
「西のスーパーに、買いモン。行って来るわぁ」
と姉だったか母だったかが言っていたのをおぼろげに覚えている。
そこには、甘柿が二本。渋柿が一本。
その収穫量は、微々たる物だったが、毎年秋になると実をつけていた。
脚立を運び収穫する、、、、
、、、などと言う考えは、毛頭なかった。
身軽だった幼少時代だ。
木には、毛虫が至る所に居たので、気を付けながら、ホイホイっとよじ登り手の届く範囲の柿を戴く。
ジュクジュクに熟れたのが採れば、ワタシの秘技を駆使して食べる。
チョット硬めの皮の一部を噛み小さく穴を開ける。
そして、その穴から果実をすするのだ。
それはそれは、美味かった。
また、種の周りのゼラチン状の物が大好きだ。
他の果実部位だけ先に食べて、それだけを最後に食べる事も有った。
これが、毎秋の楽しみだった。
高校に入ると、柿が出来る頃には、家に居なかった。
そして、こちらに来た当初、スーパーで柿が並ぶことは無かった。
10年後の夏に一時帰国した際には、懐かしの柿の木は、未だ健在だったと思う。
何十年も前のことなのでハッキリ覚えていない。
そのまた10年後一時帰国した時には、「西のスーパー」には、新しい家が建っていた。
生家は、廃墟が如くになり、屋内には埃が積もっていた。
家が新しくなった事で、そこに有った柿の木は無くなっていた。
何処かに移植したのか、見渡したが発見できなかった。
とても残念に感じたのを覚えている。
一時帰国したのは、それが最後だ。
それからまた10年程経つとこちらでも柿がスーパーで出回るようになった、と覚えている。
もしかしたらそれ以前だったかも知れないし、それ以後だったかも知れない。
ともあれ、そんなもんだ。
近年では、Costcoで大量に発見できるようになった。
毎年この時期になると、野菜果物のエリアを念入りに徘徊するようになる。
陳列されていないと、肩を落とし退店。
然し、先日陳列されているのを見つけた。

ウキウキだ。
微笑んでしまった。
二パックだけ抱えてレジへ向かう。
顔がホコロンデいたのだろう、他の客と目が合うとワタシの顔をみて、にっこりしているのに気が付く。
ウキウキだ。
木に登るより簡単に、秋の収穫だ。
暫く放置民して、トロットロになるのを待つか。
待つことが出来るのか❓
取りあえず、1パックからいきなり二個食べてしまった。
二個食べて、ニコニコだ。
でも残念なことが有る。
この柿。種なしなのだ。
だから、大好きな種周りのゼラチンが無いのだ。
でも、まぁ、柿が食べられる事に、感謝だな。
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Posted at 2017/11/07 23:26:19 | |
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