俺の名はよっし~@車楽人。
超一流のプロの素人だ。
どんな事でも、素人目線で見て、いい加減で適当に判断し、大仰に語ることが出来る。
俺にかかれば、どんなターゲットでも逃れることは出来ない。
もちろん、
報酬はスイス銀行に振り込んでもらう。
という事で、昨日も
とある人物から依頼を受け、ターゲットに接触する事になった。
今回のターゲットは…
ポルシェセンター浜田山認定中古車センターに潜り込んでいるらしい。
成る程、相手にとって不足は無いな。
今回の俺の相棒はこいつだ。
SUZUKI ALTO。
F6A型0.66L直3SOHC6Vエンジンを積んだ、アルトシリーズ5代目にあたる名機だ。
おっと、ただのアルトだと思わないでくれ。
最新の多機能型メーターに改造してある。
サビ迷彩も完璧だ。
この何気ない見た目で油断させ、ターゲットにたやすく近付くことが出来るワケだ。
俺は昼食を腹に収める(プロたるもの、体調管理は必須だ。腹が減っては戦はできぬと言うではないか)と、ターゲットの潜む浜田山へ向かった。
初冬の町並みにアルトは見事に溶け込んでいる。完璧だ。
道は割と空いていて、30分ほどでポルシェセンター浜田山へ到着した。
さて、俺の記憶に間違いがなければ、ポルシェセンター浜田山の斜め向かい側に認定中古車センターがあるハズだ。
もちろん多機能型メーターも、俺の記憶と同じ場所にターゲットが潜む場所がある事を示している。
……ぬうっ!?何故だ!?
認定中古車センターが無いではないかっ!?
ど、ど、ど、どうなっているのだ!?まさか、俺が今日ターゲットに接触することを察知して、何処かへ夜逃げ…!?
…ま、待て、落ち着け。落ち着くんだ、俺。お前は超一流のプロだ。超一流のプロたるもの、容易に動揺するものじゃない。
深呼吸をして、よく考えろ!
そうだ、俺は超一流のプロ。この程度のアクシデントでターゲットを逃すことなどあり得ない。
探偵も“足で情報を稼ぐ”と言うではないか。
まずは地道に情報収集だ。
そう言った地道な事をなおざりにするヤツは、決して超一流と呼ばれることはあるまい。
俺はアルトをUターン…させようとして、ソコがUターン禁止の道路であることに気付いた!
しかも、さっき通り過ぎた交差点には、警察官が張り込んでいたではないか!
なんという恐るべき罠だ!
超一流の俺も、危うく引っ掛かるところだったゼ。
しかし、俺を甘く見たな、フッ。
俺は、そう易易と引っ掛かってやるようなお人好しでは無い。なんと言っても超一流だからな。
俺は、その先の交差点で曲がり、路地をぐるっと回って、何一つ違反をすることなくポルシェセンター浜田山のパーキングにアルトを滑りこませた。完璧だ。
パーキング横では、営業マンが夫婦の客を相手に立ち話をしていた。
ソイツは、俺とアルトを一瞥すると、一瞬目を見開いて、ナニか言いたげに口をパクパクさせやがった!?
まさか、俺の正体に気付いたのか!?
だか、ソイツはすぐに客との立ち話に戻った。何事もなかったかの様に、俺の事を無視する事に決めたようだ。
まぁ、賢明な態度だな。
もし俺の正体に気付き、それを他人に漏らすような事があれば、永遠に口を開けない様にする必要があるからな。
俺は、無駄なコロシはしない主義なのだ。
アルトから俺が降りても、ソイツは俺に背を向けたままだ。よしよし、それでいい。
と、ポルシェセンターのエントランスに足を踏み入れようとした俺の足が停まった。
いや、“停まらされた”と言うべきだろうか…!
超一流の俺の足を停めさせる存在と言えば、極上の女しかいない。
そいつは、極上中の極上。まさに超一流の俺にふさわしい、超一流の女だった。
918スパイダー/マルティニカラー!
その絶世の美女は俺に誘いかけるような笑顔を向けたが、超一流のプロたる俺には依頼された仕事が全てだ。
軽くウィンクを送って、俺は彼女に背を向けた。
おっと、グラビアは貼りつけてみたが、浜田山にいた美女の姿は、今回のターゲットじゃないのでお預けだ。
俺は超一流のプロだ。
依頼されたターゲット以外は手を出さない。それが俺の流儀だ。
エントランスに入ると、一番近くにいた男に声をかけた。
もちろん、認定中古車センターがどうなったのか聞くためだ。決して、エントランス前の美女の連絡先を聞くためじゃない。
俺はダメ元でその男に認定中古車センターの行方を尋ねた。
するとラッキーなことに、その男は認定中古車センターが移転した事を知っていた!
しかも、移転先まで知っていて、ご丁寧にその地図まで渡してくれたではないか!
やはり、超一流のプロは、“運まで持って”いなければダメだ。
「ありがとう」
男に礼を言うと、一人目の聞き込みで有力情報を掴んだ俺は、喜び勇んでアルトに飛び乗ると、ポルシェセンター浜田山を後にした。
先ほどの営業マンは、俺がいなくなるまで、ずっと背を向けたままだった。まぁ、こっちを向いた瞬間に、もの言えぬ骸になってしまう事だけは、本能的に理解していたのだろう。
認定中古車センターは、ポルシェセンター浜田山から15分もアルトを飛ばせば着く場所にあった。
青梅街道を新宿方面から向かうと、俺の天敵とも言える組織の末端、荻窪警察署の少し先だ。
俺は甲高いスキール音を叫ばせながら、認定中古車センターのパーキングにアルトを飛び込ませた。
おっと、歩道を歩いていた老夫婦には道を譲ったぜ。超一流のプロで超一流の男は、年長者を敬うものだ。
パーキング内に入って俺は愕然とした!
なんと、パーキングスペースが空いていないのだ!
全てのパーキングスペースになかなかの美女達がいて、俺に秋波を送っていた。
だか、さっき出会った美女程の極上はいなかった。それに、俺は仕事のためにここに来たのだ。お前達に構っているヒマは無い。
とりあえず、アルトをどこに停めようか考えていると、一人の男が近付いて来た。
割と若そうだが、身のこなしが普通ではない。
思わず懐に忍ばせた得物に手を伸ばしそうになったが、まだ男が敵かどうかは決まっていない。
逸る気持ちを抑え、俺はアルトのサイドウィンドウを下げると(たまに戻ってくる時があるが)、男に声をかけた。
「Sという男を探しているんだが」
「いらっしゃいませ。私がSです。お話は伺っております」
なる程、彼が依頼者が会うようにと指定した男か。並の男では無い理由が判った。
「車はそちらに置いて戴いて結構です」
俺はSの誘導に従って、ここにいる中では一番の女の前にアルトを停めた。
「991か…悪くないが、
お前は俺のような男には似合わない女だ」
俺を誘う991の鼻先で指を鳴らすと、俺は991に背を向けた。
「こちらです」
常に俺の斜め前で誘導するSに案内され、俺は認定中古車センターの中に足を踏み入れた。
Sが判っていて斜め前に立っているのが、俺には判った。
俺の後ろに立つヤツを、俺は許さない。本能的に、反撃してしまうのだ。
それをSは知っている…。敵に回したら厄介な男かもしれない。だが、とりあえずの所、“今は”味方のようだ。
「こちらになります」
Sが指し示したのは、赤いドレスに身を包んだ美女だった。
今回のターゲットだ!
981ボクスターS、それが“彼女”の名前だ。
依頼人からは、“彼女”の全てを俺の目で調べ抜き、それを連絡するように言われている。
「どうぞ…」
Sに促され、俺は“彼女”に近づくと、その美しい身体に軽く手を伸ばした。
ボディは極上に見える。
前のオーナーによって付けられた、小さな飛び石キズはあるが、本当に小さなものが3箇所確認できただけで、“彼女”の事を手荒く扱っていなかった事を物語っている。
肌荒れ…洗車傷も殆ど無い。
“彼女“には心外かもしれないが、俺は床に屈みこむと、下から“彼女”を見上げた。
下回りもキレイなものだ。どこかで腹を打ったような形跡も無さそうだ。
フロント下のリップガードにも削れた痕が無い。前のオーナーは、相当優しく“彼女”を扱っていたようだ。
ブレーキを覗きこみ、パッドの残量を確認する。殆ど減っているようには見えなかった。
タイヤの溝もまだ深い。
消耗品は、まだまだ交換の必要が無さそうだ。
続いて俺は“彼女”に乗り込むと(もちろん、優しくだ)、“彼女の内側”の品定めを始めた。
傷らしい傷は見付からない。
各部もキレイに光り輝いている。
「こちらを」
Sが俺に“彼女”のキーを手渡してくれた。
俺がかつて一緒に暮らしていたRSのキーとは、かなり変わってしまったキーだ。“彼女”はRSの遠い血縁になるのに…。
もう溝の刻まれた金属部分は無い。アレに慣れてしまった人間には、些か違和感があるだろう。
だが超一流のプロは戸惑わない。
左利きの“彼女”のステアリング左側には、キースロットがある。
そこにキーを挿しこむと、俺はスタートボタンを探した。
が、スタートボタンが見付からない!?どこだ!?
そんな俺の一瞬の隙を、Sは見逃さなかった!
スッと俺に近づくと……
「キーを捻って下さい」
「…なっ!?」
俺は一瞬意表を突かれ、絶句した。超一流にあるまじき失敗だ。
もしSが敵の手先だったら、俺の命は失われていたかもしれない…。
己の不甲斐なさに歯をギリギリと噛み締めながら、俺はキーを捻った。
フォン!
一発で“彼女”の心臓が目覚めた!
久しぶりに聞くFLAT6の囁きだ。まぁ、囁きと言うには、些か騒々しいかもしれないが。
“彼女”の呼吸は安定してる。全く不安定さは無い。
俺は、“彼女”のアクセルに乗せていた右足を、軽く踏み込んだ。
ファォォン!
“彼女”が一瞬だけ叫んだ!
いい声じゃないか。少々華飾気味かも知れないが、それも悪くはない。
それよりも、
俺を魅了したのは、そのレスポンスだ。
俺の右足の踏み込みと同時に、“彼女”は嬌声をあげる。
右足から力を抜くと、一瞬で嬌声をやめ、俺にまた踏み込んでもらいたそうに喉を鳴らしている。
最近、自然吸気の女の相手をしていないが、やはり自然吸気ならではの魅力があるな。
おっと、これは仕事だ。俺の女の品定めじゃない。
線引はしっかりするのがプロというものだ。
後ろをチラッと見ると、ほんの少し黒掛かった排煙がショールームの中に充満しようとしていた。
ハハッ!
この女、相当“タマって”たな!
「申し訳ありません。ここの所、ここにずっと置いておりましたので…」
Sが申し訳なさそうに釈明した。
さっきの意趣返しだな。ハッ!
俺は“彼女”の心臓を止めると、キーを抜きSに手渡し、
「ありがとう。よく判ったよ」
“彼女”から降りながら、そう言った。
「ありがとうございます…」
Sが恐縮するのを横目に見ながら、俺は携帯を取り出した。
そう、携帯だ。ガラケーってヤツだな。
スマホは、情報漏洩が激しすぎる。超一流のプロは、そんな危なっかしい物は使わない。電話をするなら携帯電話だ。
俺は指定された電話番号を打ち込むと、相手が出るのを待った。
「…yだが」
「依頼人のy様ですね。今回の仕事の報告をさせて戴きたいのですが」
「…聞こう」
「ご依頼の“彼女”ですが、問題ありません。極上です」
「…そうか、判った」
「では、ご依頼の件は全て済みましたでしょうか?」
俺はそこまで話して、自分がひとつミスをしていた事に気付いた。
ジェスチャーで、Sに前後のトランクを開けるように指示すると、トランクの中を覗き込んだ。
「“彼女の中”を今見ていますが、どこにも傷が…大きな荷物を積んだりした時に付くような傷もありませんね。
サーキットで激しく調教した様な形跡も無さそうです。いい娘ですよ」
「…いいだろう。
報酬の松葉ガニはスイス銀行に振り込んでおこう」
「ありがとうございます」
「…最後に、Sに、例のものを送るようにとだけ伝えてくれたまえ」
俺は、『例のもの?』と聞きかけて、慌てて口を閉じた。
余計なことは聞かないのも、プロの作法だ。それを踏み外して命を落とした同業者を何人も知っている。
俺は携帯を閉じると、Sに向かい先ほどの依頼人の言葉を伝えた。
「例のものを送ってもらいたいそうだ」
「かしこまりました…」
余計なことは聞かない、言わない。S、彼もまたプロの様だ。
「ありがとう。助かったよ。もう会うことは無いと思うがね」
「私は、またお会いする事があれば、と願っております」
「……褒め言葉と受け取っておくよ」
仕事が終わったら、現場から素早く撤収するのも超一流のプロというものだ。
俺はアルトに向かって踵を返した。
「少々お待ちください」
Sはそう言って、俺に薄い箱状のものを差し出した。
「…これは?」
仕事は終わったように見えるが、
最後まで油断してはならない。この一瞬を狙ってくるヤツもいるのだ。
「カレンダーです」
「…ハハッ!カレンダーか!そいつはイイ!」
俺は、一瞬RSの事を思い出した。その前の女の986もだ。
「昔はよくもらったものだ。ありがとう。謹んで戴いていくよ」
「では、失礼致します。またいつか…」
俺は、またいつかSと会う日が来るのだろうかと考えながら、ポルシェセンター浜田山認定中古車センターを後にした。
依頼の報酬以外に、カレンダーという“オマケ”を手にして…。
こうして、俺の仕事がまたひとつ終わった。
今回も問題は無い。完璧だ。それが超一流のプロの仕事だ。
また次の仕事が俺を待っている。
次の依頼人は……今コレを読んでいる貴方かもしれないな。
ん?何故“彼女”の写真が載せられていないのかだと?
プロは依頼人以外には守秘義務がある。
軽口はプロ、特に超一流のプロには似合わないものだ。