上官殿!
過去6回に亘り行って来ました、横浜から北海道への遠地偵察活動。
ついに最終報告となります!!! (`Д´)ゞ ビシッ!
■ここまでの報告まとめ
其の壱 大洗港~苫小牧~日高町~然別湖~ぬかびら温泉郷
其の弐 タウシュベツ川橋梁~美幌峠~開陽台~北19号~納沙布岬
其の参 納沙布岬~根室駅~落石岬~標津町~道の駅 知床・らうす
其の四 知床横断道路~オシンコシンの滝~網走監獄~能取岬
其の五 紋別~北見神威岬~エサヌカ線~宗谷岬~宗谷丘陵~稚内駅
其の六 宗谷岬~日本海オロロンライン~オトンルイ風力発電所~お馬さん巡り(苫小牧市・新冠町・浦河町)
其の七 ←今回
7日目 【6月1日(日)】
《浦河町》
偵察最終日は、天気も良き!
国道235号・236号を東へ向かいます。
向かっているのは・・・
《黄金道路》
国道336号内の、えりも町から広尾町までを結ぶ、約28km区間の通称です。
日高山脈が海岸まで迫り、その断崖絶壁からは頻繁に石が崩れ落ちる。
そして冬には雪崩が多発するこの区間は、交通の難所として知られていました。
その断崖を切り開くのに掛かった8年もの歳月と、黄金を敷き詰められるほど莫大な費用を投じたことが由来となっています。
一方、切り立った崖を縫うようにトンネルと覆道が連続し、覆道の合間から時おり見える海岸線が美しいルートでもあります。
今回ワタクシ二等兵は、
黄金道路の ”古い絵葉書” を入手。
黄金道路が竣工して間もない1950年代~1960年代のものなので、今では見られない景色が多く写っています。
その場所が今どうなっているのか探りながら、黄金国道の歴史に触れるのが、今回の遠地偵察活動における最終任務となります! (`Д´)ゞ ビシッ!
まずは、この1枚からいきましょう。
左上に「
ルベシベツ市街及第一號隧道」と書いてあるので、場所は直ぐに分かりました。
ここですね。
ちなみに現道は、一番右に見える「
タニイソトンネル」
絵葉書に写る「
第一號隧道」は、残っていれば小屋の後ろに隠れているはず。
確認してみましょう!
(前に見えるのは旧道の
重蔵トンネル)
海岸沿いを歩いていくと、小屋の後ろに何か見えて来ます。
ありました!
《第一號隧道》
1934年竣工、延長20m。
場所も分かりやすかった上に、当時の姿も結構残ってましたね。
《紅葉覆道》 ※右側
黄金道路は、繰り返しの道路改善・修復により廃道となった場所がとにかく多く、
柵の向こうを覗き込んでみると、
いかにここが過酷な環境なのかが、よく分かります。
《黄金トンネル》 ※右側
《ビタタヌンケ覆道》
今にも向こうから車が走って来そうですが、ここも廃道。
《岬第一覆道》
《咲梅トンネル 手前》
そんな中、トンネルが開通しているにも関わらず、いまだに走れる旧道もあります。
当たり前ですが、みな現道のトンネルに進むので交通量皆無。
《白浜トンネル 手前》
もう1カ所、旧道を走れる所があるので、そちら(左側)へ侵入。
この旧道には、かつて「
立岩」という観光名所がありました。
絵葉書には、「
立岩隧道ヨリ目黒岬ヲ望ム」と書いてあります。
隧道内から撮影された大きな岩は、
当時は相当有名だったのでしょう、複数の絵葉書が見つかりました。
こちらは隧道内からではなく、反対側から撮影した一枚。
この場所は、現在どうなっているのでしょうか?
ここです。
沖合にある岩礁の形が一致するので、ここで間違いないと思います。
写真の通り「
咲梅隧道」が出来たことで、「
立岩」も「
立岩隧道」も開削により、残念ながら現存していません。
ですがその痕跡は、覆道の外に残っています。
立岩跡
立岩隧道から立岩を撮影した絵葉書と比較しても、やはり岩礁や背景が一致しました。
こちら側にも、かつての立岩隧道の一部が残っています。
矢印の岩が残っている感じです。
立岩隧道の上あたりから撮られた写真。
道路の拡幅と線形改良のため、岩体を大幅に削ったのが分かります。
試行錯誤と改良・改修を繰り返し、安全に、そして安定した交通網を整備しようとしているのですね。
それにしても、岩礁に当たる波の音の大きいこと!
撮影中、ちょっとコワかったです。
東 映
立岩跡、そして立岩隧道跡の偵察を終え、乙三三式車両改に乗り込もうとすると・・・
何かイカニモな隧道が!!!
《フンコツトンネル》
右側は、現フンコツトンネル。
トンネルへと続く道は、当時のまま残っています。
黄金道路初期の特徴である、継ぎ目のあるコンクリート舗装。

【参考】
《旧フンコツトンネル》
1930年竣工、延長8.6m。
トンネルの先は、ほぼ同じ目線で海が広がっており、現役時代はさぞかし良い眺めだったでしょう。
ただしトンネルの先にあったはずの道路は、長年打ち付ける波によって、ほとんど破壊。
道路があった痕跡(道路の縁)が、わずかに確認できる程度です。
こちらは先ほどの「
旧フンコツトンネル」が現役だった頃の絵葉書。
えりも町側の黄金道路起点にある石碑のあたりから、撮影したと思われます。
絵葉書と同じアングルで見て見ると、絵葉書に写っている道路が残っていました。
いかがだったでしょうか?
絵葉書に写る、黄金道路の旅。
美しい景色、過酷な地形に築かれた道路。
絵葉書を通じて見る昭和時代の黄金道路には、日本の飛躍的な発展を支えた先人たちの思いが写し出されているように感じました。
「古い絵葉書に込められた、過去からのメッセージ」
そんな思いを巡らせながら、黄金道路を、そして北海道を後にした、ワタクシ二等兵であります。
《おまけ》
今回の遠地偵察活動だけで、走行距離は3,000km超!
我ながらよく走りました。
そして乙三三式車両改も、よく走ってくれました!!
(おわり)
ブログ一覧 |
偵察活動 | 日記
Posted at
2025/07/19 21:27:00