
と言う事で昨日でいち単元切り上げて、ここからはお馴染みや読みやすい本を数冊。
コミック/フィクション編です。
特に今日のは濃密に行きます。
著者 中沢啓治
出版 1975~87年汐文社
入手度 易
難易度 易
内容
1945年春、広島に暮らす中岡家の4男1女の大兄弟の三男坊、元は元気余した腕白坊主。
優しい母と頑固厳格な父に逞しく『麦のようにまっすぐ生きろ』と育てられる。
しかし戦時窮乏生活は容赦なく一家を追いつめ、長兄ふたりは疎開・兵役にとられ、親友を治安維持法で殺されて厭戦を訴える父の言動もあって、町内会ぐるみのいじめに遭うことに。
それでも父の不断の教えで明るく乗り切る中岡家。
そんな中で原爆が一家を引き裂く。
倒壊した自宅に挟まれ火災に襲われる父姉弟を助けるも適わず、命からがら逃げのびた元と母。
総てを失い焼け出され、襲い来る原爆症に社会のあらぬ迫害、理不尽に立ち向かう元の『生き抜くための苦闘』が始まった。
昭和末の広島っ子には説明無用の被爆バイブル、それがこのマンガです。
最近は何かと物議もかもしていますが、それだけ被爆の論議が奥深く仕舞われてゆく裏返しかと。
ソレを理屈なく探求しているからこそ読み継がれているのです。
キャッチフレーズは
『戦争のばかたれ!原爆のばかたれ!』
と言うだけあって、被爆経験もある作者の怒りが込められています。
内容は被爆前後の4巻まで(うち被爆から終戦までの2週間が2・3巻)、戦後の混沌期5~7巻、元の中学時代の自立を描く8~10巻の3部に別れます。
(なお10巻掉尾に「第一部 完」と書かれているが、構想した第二部に執筆及ばず作者は逝去)
主人公の元は非常に解りやすいキャラクターで、喧嘩っ早くてそそっかっしいが情に篤く、困った人を見ると放っては置けない。
「情けは人のためならず」「死んだ気になればナンだって出来る!」もモットー。
あまりの修羅場をくぐり抜けたんで学校の不良も瞬殺扱い(^_^;)。
まんま昭和前半の『児童文学活劇』の主人公がそのまま被爆禍の広島で暴れまくっています。
元君にはずいぶんと感情移入してしまいました。
ヒロシマの情報を余すところ無く織り込み、原爆症の恐怖や差別、朝鮮人の対立、歴史の暗部など社会情勢を巧みに主人公に絡めています。
被爆直後の惨禍が原爆と思われがちなところですが、このマンガはむしろ
「その被爆を社会がどう受け止めたかが本当の惨禍」
だと言うことを訴えています。
主人公こそやられたらやり返すという言動に駆られてますが必ずしもソレが最善にならない事まで描写されます。
あらゆる抑圧や差別を筆者や同じ被爆者から聞いた話で各所に織り込み、
「被爆の惨禍を防ぐのは戦争ではなく人間社会の中にある」
ことを説いています。
『常識と良識の戦い』
コレがこのマンガに通じて流れるテーマだと想います。
タダ、平成世代がこの本をどう受け止めるかは私もずいぶん微妙な印象はあります。この辺は補足を。
まず本文を読むと言葉尻の激しい広島弁だけで退かれる方がいるのでは?
今の広島人、あんな言葉を吐いてるのはヤッ様かヤンキーぐらいですよ。
また、元たちのヤンチャぶりに吹っ飛ぶほどのオヤジの鉄拳、コレは当時は当然以前の風景だったのですが、今や『家庭内暴力』と言われかねないご時世。デモ、お父さんはそのあと慈愛を持って諭してるのですよ。
一方で最近の極端な愛国思考から見ると『共産的左派思考』が鼻に衝く方も居られるかも知れませんが、このマンガは思想ありきではないことを含め読んで欲しいものです。
あと、倫理的に看過できない行為も散見しますね。
後述の隆太なんかは殺人を始め法的にはほとんどの罪をあがなっていませんし、窃盗にヤミ商売と少年漫画のキャラの行為としてそれはと言うモノもあるでしょう。
ただ戦後という異常な世相と、あくまで人想うゆえの行為であることは酌量できますが(^^ゞ。
御法度であるヤミ物資を拒絶した官吏が餓死すると言った時代でしたし。
逆に我欲に赴くまま成り上がっていく鮫島という卑劣なキャラもアンチテーゼとして中盤まで盛り込まれてます。
一方でこの作品は元の直実清廉さを保つ一方でその矛盾を吸収する弟分の『近藤隆太』の存在も重要です。
被爆孤児でグループを作ってかっぱらいを繰り返すも、『死んだ弟にうり二つ』の元の勧めで中岡家に。しかし戦後の世知辛い世相で『やられたらやり返す』の思考が抜けず、元を助けるためとはいえ殺人を犯して二人は全く違う『陽』と『陰』の人生を送ります。
二人は側にいて暮らすことはあっても生き方には折り合いが付かない。
コレもこのマンガの一つのテーマじゃないでしょうか?
作者は『元の上京社会人編』を鋭意構想されていましたが、高齢の体調不良に悩まされて筆を置き、残念ながらそのまま2012年末に亡くなられました。
草案では上京しても被爆の差別にさいなまれ、しかしやはり空襲で人生を歪まされた人を共に励まし、最終的には世界を望み絵画という糧を胸にパリに旅立つという内容が記されてました。
世界の子供達の心に羽ばたいたゲンにすべてを託し、自らの最晩年は地元の小学校などで被爆の実情を諭していきました。
私はいつかこのマンガを大河ドラマ化か、それ相応のスパンの長いメディア化を提案します。
それ以上の価値がこの大河マンガにはありますよ!