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シロ柴のブログ一覧

2020年08月17日 イイね!

1/16RCキングタイガー①

1/16RCキングタイガー①新型コロナウイルスの影響で、遠出や旅行に行けず、オフミなんかも自粛。
連日の猛暑で車の整備もする気になれず、そもそも目的を達して弄る所がなくなったBRZ。
最近は出番もめっきり減り、それでも動かさないと機能が劣化するので動かしてきました(^^;
涼を求めてダム湖に行ってみたものの暑い暑い(+o+)



続いて昭和の木造駅舎を訪ねてみる。
久しぶりに来てみたら、トイレが出来ていたりして小奇麗に改装されていました。



切符売り場とか往時のまま。公衆電話が変な場所に。



昔の駅名標が残る。



ミニミュージアムみたいなのが出来ていましたが施錠されていて中に入れず。窓ガラス越しに撮影。



ここから本題。
1/16タミヤ・キングタイガーことティーガーⅡのラジコンを入手しました。
エンジン音などが再現された現代版のフルオペレーションのタイプではなく、'80年代初頭から'90年代半ば頃まで販売されていた旧タイプの方。これを直して遊ぼうかなと…。



内部を確認すると、ほとんど走行歴がなさそう。
ただRCメカは2チャンネルのものが入っており、ガーンである(>_<)



そのままでも走らせることはできるのですが、砲塔を動かしたり、砲身を発光させたりするには4ch4サーボが必要なため、仕方なく4chプロポを調達。
運よく中古未使用品が安く手に入りました。



装備品が欠落しているので、タミヤのアフターサービスで部品を注文。
ついでにツィメリットコーティングのシートと塗装ガイドも買いました(^^)



塗料の購入。タミヤのラッカー塗料は初めて買ってみたのですが、独特の香りで、昔のモデラーズのスプレーのような臭い。



面倒なOVM(装備品)の塗装から始めます。が、ここで早くもやる気を削ぐ事態発生。
というのも走行用モデルのためパーツの一体化がされており、塗り分けのためのマスキング作業が超面倒なことに気づいたから。



それから、下手なのであまり見せたくないのですが、戦車兵の顔をモールドに忠実に塗ってみると、どう見てもドイツ人っぽく見えない。
40年近く前に発売されたものなので、顔の造形とか現代のものと比べるべくもないのですが。
まあ自分の塗装が下手なだけなんですけど(^^;



柄の部分の木質の表現。
黄土色塗って、木目を描いて、調色したクリアーオレンジを吹いてみたところ、おもちゃっぽくなりイマイチな仕上がり。これは全部やり直しだな(^^;

と言う訳でAFV思ったより難しいです。
早くもやる気を無くしてしまった。完成させられるだろうか。

Posted at 2020/08/17 15:31:02 | コメント(1) | トラックバック(0) | └ キングタイガー | 趣味
2020年07月12日 イイね!

発電機ホンダE300シリーズの謎

発電機ホンダE300シリーズの謎前回で最後となる予定だったホンダ発電機ネタ。新たな疑問が沸いたのであげてみました。

先日、某オークションにて補修部品を探していたところ、前回入手したEM300より状態の良さそうな個体を見つけてしまい、買う必要もないのに手が勝手に入札の方に動いていました(^^;



前回とあまり変わらない値段(350円高)で入手したEM300(便宜的に本機を2号機、前回購入したEM300を1号機と呼ぶことにします)。
泥汚れが堆積しているものの、過去同じ機種をバラした経験から、状態はかなり良いものと睨んでの購入。



さっそく中身をチェック。
裏カバーにある工具、スペアヒューズ、プラグは手付かずの状態(^^)



発電機部分は手持ちのE300と同仕様で、EM300の1号機と異なる。



保証票ステッカーの購入日を見てみると昭和52年5月20日となっている。
1号機は昭和51年3月だったので、1年程新しい。
1号機の発電部分は改良型仕様かと思っていたが、実際は中身の違う2つの仕様が併売されていたということ?



謎を残したまま次に。
給油口のストレーナーはほとんど変色なし。元の色は乳白色だったのか(^^;



タンク内はサビ一つなく、無茶苦茶キレイ(^^)



エアクリーナーのスポンジは原型を保っていたものの、触った瞬間ボロボロに崩壊(^^;



キャブのフロートチャンバーを外してみたところ、新品と変わらない状態に驚く(^^)
キャブ自体は手持ちのE300と同じで、EM300の1号機とはニードルバルブの構成が異なっている。



バラして各部品を掃除。
パーツクリーナーを吹いてホコリを落としてやると、本体はかなり綺麗な状態。



ヘッド上のクロメートメッキのプレートは状態良好で、マフラーも焼けていないことから、ほとんど動かしていなかった様子。



各パーツを洗浄して組み立て。



組み立て完了。外板の状態はまあまあか。



1号機と並べてみる。
外観の違いはスターターの右上にある小さな穴の有無。



左:2号機、右1号機。
発電機部分やマフラーの遮熱板の形状等、細部がかなり異なる。
2号機の発電機は「SAWAFUJI ELEC」、1号機は「KOKUSAI DENKI」となっている。
エンジン本体の打刻も2号機は「3」から始まるのに対し、1号機は「1」から始まっている。



2号機とほぼ同じ中身のE300を見てみると、やはりスターターの右上ところに小穴がある。
今手元にある個体のデータをまとめてみると
■E300=Fカバー:穴有り/打刻番号:3195478/発電機:澤藤電機
■EM300(1号機)=Fカバー:穴無し/打刻番号:1034637/発電機:国際電気
■EM300(2号機)=Fカバー:穴有り/打刻番号:3031724/発電機:澤藤電機
部品の2社調達はよくあることとして、もし併売されてたとしたら、部品構成がここまで違うと生産効率の面からは疑問。
違う工場で作られていたのか、50Hz地域と60Hz地域で違う仕様が売られていたのか?
当時のパーツリストとか入手できれば、すぐ判明するんだろうけど…。

どなたか識者の方いらっしゃったらご教示ください。


Posted at 2020/07/12 10:00:14 | コメント(2) | トラックバック(0) | 発電機 | 趣味
2020年06月27日 イイね!

発電機ホンダEM300の修理②

発電機ホンダEM300の修理②ホンダEM300修理の続き。
ホンダEM300は昭和40年(1965年)発売E300の改良版で、昭和48年(1973年)に発売。
主な改良点はマフラーの大容量化と外装カバーの形状変更による静音化。
エンジンはE300と共通のようですが、このたび入手したものは所有するE300とは細部が異なっているため、後期仕様なのかもしれません。



燃料コックの分解清掃。全体的に状態は良さそう。



燃料タンクに刺さるストレーナーは形状を保っています。



コック側のストレーナーもキレイです。



パッキンは固化しておりガソリンを入れると漏れるので、新品に交換しました。



プラグを外してみたら、何故かガスケットが付いていない(?_?)
先日交換したE300の古いプラグから流用して着けておきました(^^;



ポイントの清掃とギャップ調整。
ここの部分が手持ちのE300と大きく変わっています。



オイル交換。



組み立て。



細かい部品やビス類もキレイにして並べておきます。



AC側3Aヒューズ切れ。カバーの裏にあるスペアヒューズも無くなっていたため、ヤフオクで同サイズのものを買いました。6×25のサイズのガラス管ヒューズはもう生産されていないため入手困難です。



燃料タンクを取り付け。



最後にきてリコイルスターター不調のため注油と調整。



試運転(^o^)
E300に比べて格段に静かです。



エアクリフィルターを取り付けて完成\(^o^)/



E300と並べてみました。
レッド/シルバーのカラーリングがネガとポジの関係になっています。



2台を同時に動かしてみました。
快調に動くことを確認し満足(*^^*)

これにて発電機レストアネタ完結です。


Posted at 2020/06/27 16:41:41 | コメント(2) | トラックバック(0) | 発電機 | 趣味
2020年06月27日 イイね!

発電機ホンダEM300の修理①

発電機ホンダEM300の修理①先日修理した発電機ホンダE300は貰うこととしたので、代替機を入手しなければなりません。
当初は年代の新しいものを探してみたのですが、中古でも結構な値段がします。
同じのを買っても芸がないのでE300の改良型EM300を探すこととしました。

という訳で、さっそくEM300のジャンク品を入手。
外装はボロいですが、目標の5,000円以内で買えました(^o^)



何やらラベルのようなものが貼ってあるので、消えかかった文字をよく観察してみると…、


このようになってました。
航空大学校からの供出品?それとも廃棄を請け負った業者の横流し品?



こちらのステッカーは当時の販売店のものかな。
出自がわかると面白いですね(^^)



動くようにするため、上記箇所を分解修理、点検清掃しました。



バラしにかかります。



外装関係は洗剤で洗って干しておきます。



燃料タンク内の洗浄。
乾燥していて状態は良さそうでしたが、中からはサビの破片が(^^;



サビハイダーでタンク内を処理。



処理後、スネークカメラで内部チェック。まあ、こんなもんかな…。



キャブレターのオーバーホール。



内部は案の定、変質したガソリンが固まってました。



各部品を洗浄。



フロートは残念ながら穴があいていました(>_<)



ハンダで穴を埋めて行きます。



ヤスリで削って仕上げます。



修理が完了したキャブレター。

②につづく


Posted at 2020/06/27 09:50:32 | コメント(0) | トラックバック(0) | 発電機 | 趣味
2020年06月21日 イイね!

ベテランレースファンと'70年代FISCO死傷事故の話

ベテランレースファンと&#39;70年代FISCO死傷事故の話今年2月に転勤した職場に嘱託でお勤めの年配の方がいらっしゃるのですが、車がお好きだということで自然と車とかレースの話になりました。

「最近のF-1は音が悪いねえ、もうGTくらいしか見に行ってないよ。」と言われるので、よく聞いてみると、かつては海外にまでF-1観戦に行くほどだったとか。
近年は地元岡山でスーパーGTを見に行く程度だが、昨年はわざわざ富士スピードウェイ(FSW)にも出かけたそう。

「富士で最初にF-1が開催された時観に行きましたよ。雨が降っててねえ。」とのことだったので、てっきり2007年の話かと思ったら、何と1976年のレースの話でした。
聞けば当時、浜松の某オートバイメーカーで社員ライダーとして勤務されていたそうで、富士スピードウェイ(FISCO)のレースはよく観戦に行っていたとのこと。

「翌年(1977年)はストレートの終わりのところで見てたら、警備員が移動しろー、とうるさく言うので歩き出した数歩目のところでフェラーリが飛び込んできた。」「動きだすのが数秒遅かったら死んでいたかもしれない。」との話で、「まさかあの有名な事故の現場にいたのですか?」と聞くと「いましたよ。」と言われる。

個人的に昔のレースに興味深々で、当時の話を聞いてみましたので一部抜粋して載せます。

【1977年F-1日本グランプリ】



朝日新聞 昭和52年10月24日朝刊より
Q:「現場は立入禁止区域だったはずですが、当時それは知っていましたか?」
A:「わかってたよ。マシンが間近で見られるので、無視してたくさんの人が来て見てた。」
  「2人亡くなったんだけど、その人たちは即死状態で、ほかに事故に巻き込まれた人たちは口から血を吐いていたり、心臓マッサージを受けていたりしてた。」
Q:「(事故を起こした)ビルヌーヴはどんな様子でした?」
A:「車から飛び降りるとヘルメットを抱えて逃げるように走って行ったよ。」
Q:「どっちの方向に行きました?」
A:「スタンドの方向に行きましたね。」
Q:「伝説のドライバー、ジル・ビルヌーヴをナマで見たことのある日本人って少ないんじゃないですかね?」
A:「そうかもね。」

後日、1枚だけあったという当時の写真を持って来て下さったので、お借りしスキャンしました。


Q:「'77年はストレートエンドで見ていたとのことですが、’76年も同じ場所で見てたのですか?」
A:「'76年はメインスタンドで見てました。ニキ・ラウダが目当てだったけど、すぐ車降りちゃってねえ。」
Q:「翌年('77年)はラウダ自体日本に来なくて、結局(ラウダの)代走のビルヌーヴが事故を起こしたという因縁ですか…。」
「当時の映像を見るとバンクに続くストレートの横付近が現場だったみたいですね。」
A:「F-1の時はもうバンクは使ってなかったよ。」
Q:「えっ、30度バンクが使われていた時代も観戦したことがあるのですか?グラチャンとか…。」
A:「ありますよ。」
Q:「もしかして1974年6月2日のレース、観に行かれてました?」
A:「黒沢が幅寄せして大事故になったレース?観てましたよ。」
Q:「マジっすか!」


【1974年富士GC第2戦・富士グラン300キロレース】

朝日新聞 昭和49年6月3日朝刊より
Q:「当時はどこで観戦されてました?」
A:「メインスタンドで見てました。」
  「あっという間の出来事で、白い煙が立ち上って、ドライバーなんか助けられる状況じゃなかったよ。」
  「その後ヘリコプターがドライバーか誰かを運んで飛び立つ様子は鮮明に覚えている。」



後日、小生所蔵の事故を報じた当時の雑誌類を見てもらいました。中にはご遺体そのものの写真も。
感想を聞きましたが、ここでは触れないでおきます。



後年出版された事故に関する書籍類。



風戸選手に関する書籍。
'77年発行の「レクイエム」はプレミアがついて、結構な値段で取引されている様子。



左:当時の某少年マンガ雑誌にも事故の写真が…。
右:少年マガジンでは表紙モデル。撮影は篠山紀信氏。





当時の国内最高峰レース、富士グランチャンピオンシリーズ。
オイルショック前の好景気。‘73年あたりからメーカー系ワークスドライバーの相次ぐ参戦によりシリーズの盛り上がりが最高潮に。
打倒!黒沢…。事故の起きた遠因はこのあたりにもある。


【1973年富士GC最終戦・富士ビクトリー200キロレース】

朝日新聞 昭和48年11月24日朝刊より


'73年秋オイルショック勃発。そして直後に発生した炎上死亡事故。
聞くと、事故のあった'73年の最終戦も富士に観に行っていたそう…。
ただ事故発生現場のバンクから遠いところにいたので、事故があったことは覚えているが、詳しいことはほとんど記憶にないとのこと。



その'73年最終戦の表彰台。
1位鈴木、2位風戸は上記'74年第2戦の事故で死亡。
3位酒井正はこのレースをもってドライバーから引退したため難を逃れたかと思いきや、2001年に自宅の火災でお亡くなりになったという…。
表彰台3人全員焼死という事実。これは単なる偶然と言えるのだろうか?



最後に件のベテランレースファン氏。サーキットに行ってエンジン音を聞くのがお好きで、生涯で最高の音は「マトラV12」とのこと。
「2ストかと思うような乾いた甲高い音で最高でしたよ。」と仰っていた。
さすが50年近くナマでレースを見てきているだけあって納得。
Posted at 2020/06/21 10:31:51 | コメント(1) | トラックバック(0) | モータースポーツ関連 | クルマ

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「何と、立て続けに…
https://www.tamiya.com/japan/pressrelease/20250823/index.html
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春から秋はクルマいじりとドライブ、冬場はプラモを作って過ごしています。 自己流ですが車両のメンテナンスはできるだけ自分で行うようにしています。 乗用車に限ら...
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