本題はずっと下に。
新宿から大田区池上に向かう。
五反田経由。
JRと東急で。
しかし、寝ぼけている。
朝7時過ぎ、新宿の朝は遅い。
小雨の降る中、京王の入り口は見えるけどJRや小田急は?
もともと4日は向ヶ丘遊園から岡本太郎美術館に向かう予定だったのが
頭にこびりついているのだろう。
小田急百貨店前で美青年に「小田急はどこか」と訪ねている。
昨夜のナンパの影響か、とうとうバイセクになってしまったか?
誰かれなく話をしたいのだな。
9年前の離婚騒動(調停の場面)を経て大方吃音が解消されつつ、時を経ていろいろ経験をして、ようやく自分を表現することに慣れてきたか。
尋ねてから、違う違う、JRだよ、と思い出して
しかし、申し訳ないので、遠くに見える自動改札を確認しながら、
更に申し訳なくも。
で、改札で「今日は平常運転ですか」と確認して(昨日3日は豪雨で、千代田線に乗り入れは中止されていた)、そそくさと取り返してJRに向かった。
いつも埼京線に乗らないので(池袋から渋谷など、ぶっ飛ばしていきたいと思うのだが)今日こそはと思うけれど、りんかい線も五反田には関係がないのとかで、おとなしく山手線で。
五反田で東急に乗り替えるけれど、改札・・・東急の切符はどう買うの?
三方に改札機はあるけれど。五反田乗り換え切符を新宿で売っていたけれど東急の260円区間しかないじゃあないの。それはだめだよ。
でJR切符だけ買って乗り替え・・・駅員に尋ねれば、切符が排出されていると。
確かに。これを取って下車駅で精算だな。
東急五反田は目黒川の直上にあるのだな。桜並木を眺めながら、桜の頃は神田川とどちらが美しかろうかと想像する。(ホームに担架に乗せられ、駅員や警官に呼びかけられている男がいたが、医療者としてかかわるかどうか迷ったが急病人でもないようなの放置した。初めてのことだな。もう、自分を優先してよいと、完全にベクトルを切り替えたからな。残りの半生は、自分のために使おう。50年、人に道を譲ってばかりだったのだから)
池上駅では、改札で精算するも、いちいち機械で経路確認とは(五反田以外からも乗り換えができるからか)、だいぶと駅員に食ってかかったな。200円だか220円だか払うだけなのに、ってね。
本門寺までの道すがら、大田区の文人なんたらの標識に「龍子記念館」を見つけ、これは娘との話題になろうと立ち寄ることを計画した。
まず駅前から参道を、帰りに、くずもち、なる土産を求めるためにお店を確認しながら。
本門寺の段丘の階段を、仙台の大崎の神社とか、宇都宮の下野の国一之宮と比べながら登る。五重塔(力道山の墓)、本堂と立ち寄り、さてどうするか。
貴船坂とか名前があれば気になるので。普通の住宅地を進むが、
この先に記念館があるのか? 散歩中のご老体に尋ねるも、案外知らないんだね。
間違った道を案内されたよ(僕の勘違い?)貴船坂を進み下り、コンビニの先。単なる一本道でやっぱり正解。
右へ曲がるに誘導されて、汐見坂に。この先の坂の下が海だったとわかる。この景色を見ることができたのは、迷ったおかげ。
別の夫人に尋ねて、近くまで一緒してくれた。「先ほど本門寺でお見掛けしました」とは奇遇なこと(和装だから目立つね)
この時間、空いているかしら?
9:10 開いてました。
入るかどうか。迷いましたが、入りました。岡本太郎は次回にします。
ようやく本題
雅号 川端 龍子 本名 昇太郎
高等小学校時代から、絵が素晴らしい。
絵で身を立てようと考えて当然だ。
10歳で和歌山から東京に。生みの母親は和歌山の残し、父を頼りに。新しい妻がいたとか。
21歳で結婚して25歳でアメリカ留学。
画業で大成する前に結婚をして貧乏暮らし。第一子を3歳で病気で失っている。
日本画とか洋画の分類にこだわらず、横山大観に見出されている。
展示にあって、お気に入りになったのが
吉野の蔵王権現を現した「一天護持」という作品。
濃い紺地に金泥で表したもの。
向かいに旧宅兼アトリエがありここも巡り、館の人の案内を受けながらじっくりと見て回った。
当時は一面の田園。崖下で湧水があり、敷地内にその水を利用して庭を造った。
お気に入りの伊豆の石と故郷和歌山の青石と大谷石を利用した露地。
4mの額を持ち出しできる当時のままの大窓のアトリエ。
酉年生まれの不動明王信者。立派な仏間もありました。
自ら「龍」に譬える御仁。
いたるところに「龍」がある。
記念館も龍子自身の設計。
明日に加筆しましょう。
切りがない。
詳細は現地でご確認ください、がいいと思いますが。
Posted at 2021/07/12 00:23:49 | |
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