女優のイーヴァ・マリー・セイントさんが今週、102歳でお亡くなりになりました。
ごく最近まで媒体で見受けられ、100歳を過ぎても優雅に振舞い、特に言葉の話し方が昔の人特有の、何と言いましょうか、どの時代に育ったか直ぐわかる言葉遣いが素晴らしかったです。
彼女の代表作は勿論、1959年、ヒッチコック監督のノース・バイ・ノースウエスト、North by Northwest (邦題 北北西に進路をとれ)ですね。
キャリー・グラントとの共演で、26歳の未婚、工業デザイナーのイヴ・ケンドルを演じました。
この作品が撮影された時点で彼女は既に35歳を過ぎていましたが、まあ、美女の年齢と美貌にイチャモン付けるのヤボですね。
ノース・バイ・ノースウエスト、キャリー・グラントが泥酔状態で運転させられる自動車は、メルセデス・ベンツ220S。所謂ポントン型のコンヴァーチブルです。キャリー・グラントはこの自動車を大層気に入ったそうで、撮影後、実車を買い取った程だったとか。これがその車両。何故かコロンボのプジョー403に似てますね。
ヒッチコックはこの作品でメルセデスの協賛で220Sを出演させたとか。1959年と言えば、米国メルセデスはマックス・ホフマン総代理店時代から離れて、パッカード・スチュードベイカーの傘下に入っていた時期。でもヒッチとホフマンがマンハッタンの暗いレストランで何かの契約を、イタリア料理を食べながら相談しているのを想像するだけで、小説が書けそうな気がします。
有名な複葉機に追いかけられる場面。勿論撮影は屋内撮影所でしたが。。。
想定はイリノイ州シカーゴ南のトウモロコシ畑。でも実際の撮影はキャリフォーニア州ベイカースフィールド北の農地でした。ここ一帯は戦前から日系の移民が農場を沢山経営していた土地です。
これがその現場。今も昔も殆ど風景は変わっていません。
泥酔運転のキャリー・グラント、急ブレーキを掛けて、追っかけてきた警察車両に追突されます。この220Sはブレーキに踏力倍増装置が付いているので、急ブレーキ、直ぐ停止できたんでしょうね。
これがその220の高性能ブレーキ。右上の円形の筒が真空踏力倍増装置です。
倍増装置はAte社製(あの元、船の船長だったアルフレッド・テーヴィス氏の自動車部品会社のテーヴィスTevesです)T50型と申しまして、この頃のメルセデス、BMW、フェラーリやらの欧州車に使われていました。
220S、右端にT50が装備されているのが見えます。
190SLにも。
BMWのV8エンジンの豪華車、502。戦後苦しい時にこんな自動車に没頭して、BMWは60年代に倒産寸前まで追い詰められます。
502にはT50が横向けに付いていますね。
この踏力倍増装置は、ブレーキペダルの裏側に小さな油圧シリンダがあり、ブレーキペダルを踏むとそのシリンダで発生した油圧がパイプで繋がっている倍増装置の空気弁を油圧で開き、負荷ヴァキュームを貯めているタンク内の隔離壁が動き結果としてブレーキ・マスターシリンダのピストンを押すと言う仕掛け。特徴は、倍増装置本体をブレーキペダルと合体で装備しなくても良い事、そしてエンジンルームの広さを確保できる場所に備えれば、タンクの寸法にも制限がなくなるので倍増力を高く取れる事でした。
そのT50倍増装置、実はコレ、米国ベンデイックス社の商品、ハイドロヴァックのライセンス生産品なのです。欧州版のT50は寸法が本国版より若干小さく、使われるネジ類がメトリックになっています。
そのベンデイックス社が後日、簡易版の倍増装置を開発して、こちらは馴染みのある商品名、マスターヴァックです。これはブレーキペダルの直ぐ背後に丸い負荷保持タンクがあるので直ぐわかります。廉価で構造が単純なのですが、倍増率が限られているのと、ブレーキペダルの反対側にあると言う場所の制約があります。マスターシリンダの後方にある金色のパーランクー太鼓状の物が見えれば、マスターヴァック倍増装置とわかります。これは1979年型キャデラック。
同じキャデラックでもあれま、これ、太鼓状のマスターヴァックとは違うじゃないの?それにマスターシリンダ横の筒状の物はなに?? 1977年型エルドラード。
これはベンデイックスが1973年に開発した、ハイドロブーストと言う制動力倍増装置でして、文字通り、加圧された油圧を使ってブレーキペダルを踏む力を手伝います。(踏力倍増に使う油圧と、ブレーキを作動させる油圧は別物)これはエンジンが負荷を発生しにくい特性があったり(絞り弁の無い直噴エンジンやら)あと効率が良いそうで、油圧源はパワーステアリングの油圧から取ってきてます。万が一エンストした時に備えて、常に油圧を圧力かけて溜めるアキュミュレータが付いており、それがこの筒状の物なのです。因みにこのハイドロブースト、GM,フォード、その他各社で現在でも使われています。
遠隔に制動力倍増装置を作ったのは他にロッキード、そうあのヒコーキのロッキードもありました。ヒコーキ屋ロッキードの兄弟の1人がマルコム・ロッキード。油圧ブレーキの発明者です。ヒコーキ産業の傍ら、油圧ブレーキから自動車部品部門にも手を広げ、そのライセンス生産の契約を結んだのが、今は無き、英国自動車部品の大手だったAP社。(Automotive Products)
これも構造はAte・ベンデイックスと同じで、ブレーキペダルからきた油圧(下から入るピンク)が円形状の空気弁を開放し、大気圧(オレンジ)を太鼓の中に入れ腹膜を負荷側に押すとマスターシリンダのピストンも同時に押されると言う仕掛け。
英国製と言うので、この1971年型アストンマーテインDBS、エンジンルームの前端、左の端と右の端に一個ずつ、倍増装置のタイコが確認できます。金色の円形のがそれです。
これは登場当時、先取りした先進技術と安全性で名を上げたローヴァーP6。ロッキード/AP製のT5倍増装置、2系統ブレーキなので、倍増装置も2個並んでデーンと見えます。これは4気筒ツインキャブレタのTC型。
T5遠隔制動力倍増装置。タイコの中に隔離壁があり、ブレーキペダルを踏むと油圧が金色の丸い空気弁を開放し、大気をタイコ中に導き、細長い筒状のマスタシリンダを押す仕組み。
P6ローヴァーの設計者はシトロエンに没頭していたそうで、技術的にも車体構造、設計思考がDSに非常に似ています。以前スバルFF−1もシトロエンを非常に ”参考” にしたと読んだ事がありますが、なんとなくこの3車種、共通点がある様で面白いです。北米仕様、ここまで ”連邦化” されるといささかグロテスクになりつつありますが、北米大陸ではビュイック製の3,500ccの軽量V8エンジンとボーグワーナーBW35型自動変速機の組み合わせなら、地の果てまで真っ直ぐフリーウェイを突っ走るのには最適だと思いきや。丁度V8が北米に輸入され始めた時期を同じくして、英国では凄まじい労働組合問題と国家が絡んだ自動車製造会社の再編成の煽りを受け、粗悪な造り、錆びる車体、連続する故障と(皮肉な話で安全を先取りした筈のブレーキが頻繁に壊れるのでした)、無いに等しいアフターサーヴィスで、P6の3,500ccV8は、2年半でたったの2,000台が売れたとか売れなかったとか。悲しい事に、ローヴァーは後にSD1でも世紀の大失敗(こちらは2年間で1,300台弱)、最後のトドメはホンダ・アキュラ・レジェンドの兄弟社、スターリングでも同じ事を繰り返しました。。。
これはP6のV8、北米仕様で(左右の吸気管中央にあるエアクリーナがど真ん中で口を開けているので直ぐわかります、フッド、じゃなくて、ボンネットのど真ん中にぶち開けられた空気取り入れ口と接合するため)、エンジンルーム内はぎっしり、冷房から排気ガス浄化装置まで、てんこ盛り。ブレーキの倍増装置は右前端に。P6は最初から、いずれかはジェットエンジンを積む事も想定されていたんですって。
P6はシトロエンDSと同じくスケルトン構造で、フッドじゃなくて(再度)、ボンネット、屋根、ブートリッド(トランクリッド)はアルミナム製で、車体の外側パネルは全てボルトで比較的用意に脱着できました。(パネルを外すとことごとくサビ落ちている車体構造を目の当たりに見られるのです)。
安全設計の一環で、燃料タンクは後部座席の背もたれ直後に垂直に鎮座していたのでトランクは深くて広そうなのですが、大きなスペアタイヤがずいぶん邪魔でした。右端はバッテリ。
なのでコンチネンタル・ツーリングキットと言う注文装備を選べば、こうしてスペアタイヤをこうしてブートの上に固定する事もできました。ブートリッドはアルミナム製なので、コンチネンタル・キットは内側の補強材と、重くなったリッドを開けた時支える太いつっかえ棒も入っていました。コンチネンタルとは、英国からドーヴァー海峡を超えて欧州大陸へ行けば、コンチネンタルですから、長距離旅行に出かけるための装備ですね、理に叶った名称です。ヘンリーフォードが欧州に視察した時、スペアタイヤを背負って長距離旅行をする自動車を見て、リンカン・コンチネンタルを思いついた ーあのトランクのスペアタイヤ半径の形状ー もここが原点ですから。
昔のヴォルヴォはトランク左右に溝があり、願わくばスペアタイヤを2本積む事ができました。144は1973年まで、この様に燃料タンクがトランクの床です。
1974年から燃料タンクが後車軸の後、丁度トランクの一番奥の位置に車体下から挿入する燃料タンクに変更され、それに伴う配管やら、公害対策の装置が来たので、スペアタイヤは左側隅に一本しか置けなくなりました。
ぼくが生まれて初めて買った自分の自動車が1974年型ヴォルヴォ145。140シリーズの最終型。
壊れに壊れまくって長い付き合いではなかったですが、懐かしい一台です。
ヴォルヴォの140系は前席ベンチシート・コラムシフトもあったのです。スウェーデン国内専用だったらしい。
コラムシフトと言えば、メルセデスもW124までは注文できたそうで。
W123も。。。
SクラスのW116も。。。。
昔のルノーは伝統的にスペアタイヤをエンジンルームの中に収めるので、トランクがいつも広々としていました。でも我々整備は、何をするにもまず、スペアタイヤをエンジンルームからよっこいしょと取り出さねばならず、少なからず難儀でした。
アメリカン・モータースの販売店でR5を売り始めた頃。一挙に販売数が激増。
これはルノーR5、R1229のUSA仕様で、二次空気挿入のエアポンプと各排気ポートに繋がるパイプやら、ややこしい装備で忙しい図。。エンジンが後、変速機が前のフロント・ミッドシップで、所謂エンジンの配置が前後逆になっているのでクランクシャフトからプーリーで補器類を回せないので、キャムシャフトを前方に延長して、エンジンの前で発電機やらエヤポンプを駆動するんですが、そのキャムシャフト、前端を支えるベアリングはエンジンブロックではなく、ベルハウジングに挿入されているので、クラッチ交換時など、まず最初にそのベアリングを専用工具で抜いてやらないと、トランスミッションを下す際、いとも簡単にキャムシャフトの先端がボキっと折れ、結局エンジン全体を降ろさなければならないハメになります。。
そのR5も米側の注文でクーラーを装備する事になり、もう悪夢。何せエヴァポレータを置く場所が無く、結局スペアタイヤをトランクに押しやり、サンデンのコンプレッサを押し込んで、発電機の容量も増大にしてと、スタータ一個交換するにも、結局エンジンおろした方が早かったりして。でもこのクーラー、非常に冷えて性能は良かったです。
何せR5の原型はコレでしたから。米環境保護庁の排気ガス規制適合、安全基準適合、それにクーラー装備など、全く想定外から始まったのですから、ご苦労様でした。
両親が乗っていたスバルもスペアタイヤは前にありました。結局パンクは一回もしなかったと記憶していますが。過給機と四輪駆動、自動変速機の旦那仕様でした。
スバルもスペアタイヤが前にあったのは1994年くらいが最後だったそうです。
昔、お仕事でしょっちゅう乗っていたミニヴァンのダッジ・キャラヴァン。座席が全て床下に収納されるので、スペヤタイヤは何処に収納されているかと思ひきや。。
運転台中央の床穴に棒を突っ込んで回転させるとウインチが回り。。。。
床下中央に太いワイヤ線で引き上げ格納されていたスペアタイヤが降りてくる仕組みでした。これも、一回も試す必要はありませんでしたが。
以前、ホンダのN600は何故、エンジンルームにスペアタイヤを置けず、わざわざ後バンパを延長して、スペアタイヤの収納タライを付けたのか、不思議に思ってたのですが。。なんと無く判明しました。
合衆国仕様のN600は前輪デイスクブレーキが標準装備だったのです。それに対応するために制動力倍増装置を設けなければならず、スペアタイヤが追い払われたと言う訳で。。。
その倍増装置、円形と六角形型と二種類あるのですが、いずれも日信工業と言う会社が作る、ユニパワーなる商標の物で、簡単に言えば、構造は例の遠隔制動力倍増装置、つまりベンデイックスのハイドロヴァックに似たような物だったんですね。
Z600もデイスクブレーキは標準装備で、Zはスペアタイヤの収納場所が車体後方に最初からあったので、倍増装置は右側にデンと付いています。
今日のそっくりさん。
今年最後の盆ダンス。また来年!
