今年になってのニュウスは、消滅した昔のブランドの復活の話題を二つ。
最初のは昔、インターナショナル・ハーヴェスタが販売していた四輪駆動車のスカウトを、何故か独國の人民車、ヴォルクス・ワーゲンが電気自動車の独立ブランドとして復活させると言う話題。
スカウトが最後に売られたのが46年前ですから、我が国でも大概の人は知らないブランドだと思います。されど当時は、スカウトと言えば筋金入りの広野を走ったり、農場で作業をする車両として有名で、今でも少数の熱狂的な支持者が居ますが、多分この復活版は昔のスカウトとは異なる購買層を狙っていると察します。
インターナショナル・ハーヴェスタは主に農場のトラクタやら大型トラックなどで成長した企業で、一般消費者用へ営業を広げようと、1960年代初頭に、スカウトが開発されました。丁度その頃、ジープ車の競争相手がいなかったので、その業種のシェアを勝ち取ろうと言う案だったのでしょう。
インターナショナル・ハーヴェスタ社と言えば、自分の頭に直ぐ浮かぶのが、大型の牽引車、ハウ・ペイムーヴァのT500型です。ジャンボジェットを牽引するのに開発されたそうで、このブレーキですね、ドラムの内側に空気で膨らむブラダーみたいな風船が付いていて、ブレーキペダルを踏むとそれに圧縮空気が送られ平なブラダー風船が膨らみ外側のドラムを押し制動すると言う物。このブレーキ、オーヴァーホールするだけで数百万円が吹っ飛びます。勿論四輪操舵。バラスト抜きで自重が30トン。懸架装置類は無く、タイヤがしなって路面の衝撃を吸収するので、空荷で速度を出すとポンポン跳ねて危険です。と、言うか、自重重すぎで公道では走れませんでしたが。。。
話がぶっ飛んですいません。このスカウト、後期型は日産製SD33型ジーゼルエンジンも選べました。最終型は過給器付きで。その広告、160,000キロ保証付き!その後を追うメルセデスがなんとも意味ありげです。
バリバリの四輪駆動を売りに始まったスカウト、1970年代に四輪駆動車を娯楽に使う事が流行になり、それに乗って一定の数は出たのですが、所詮、商業トラックやら農業トラクタを売るインターナショナル社、販売店の数も限られていて、続々と出るGMやらフォードに対抗できず、本家の台所事情も怪しくなった際、生産中止に追い込まれました。
ぼくの古巣、オレゴン州ポートランド、ウチの近所のバーンサイド大通りに、最後のインターナショナル自動車の販売店、ビシオ・モーターズがありまして、1980年に新車販売を終了した後も根強く、スカウトの中古車販売などを手がけてましたが、2008年、遂に閉店。オーナーのアーニー・ビシオさんもその3年後に90歳で他界され、この場所は今は御多分に洩れず集合住宅になっていました。
ポートランドは昔から、変な自動車の繁殖が根強い場所で、ビシオ・モーターズ廃業後も、これまた我が家の近くに製造中止になったインターナショナル社、及びその傘下のファームオール・トラクターの部品を今だに取り扱う、スカウト・パーツ社が、市営バスの車庫裏に現存しています。
ホノルルでも数回、スカウトを目撃しています。
余談として、スイスランドのコーチビルダー、モンテヴァーデイ社が初めて四輪駆動車を売り出した際、このスカウトを改造した車両でした。名前はサハーラ。
ぼくの小さい頃の思い出は、近所の丘の上に住むケトルキャンプ一家のお父さんが真っ赤なスカウトIIを愛用していて、坂下からよく乗せてもらったのを覚えています。スカウトはエンジンも変速機も他社からの流用で、様々な組み合わせがありました。当時のチェッカー・タクシーも、AMCも大体同じような部品供給網に頼っていた時代です。
VW版、復活スカウトは来年の販売開始を目指しているそうで、VWとは別ブランドで売るそうです。
次の復活ブランドは、REO。そうです、あのオールズモビルの創業者、ランソム・イーライ・オールズが作った、主に商業車を製造する会社、REO (Ransom Eli Olds の頭文字)ブランドです。
何とも意味ありげなREOの先行広告。
この新星REOブランドが作る予定の自動車は、廉価なピックアップトラック、そのSUV版。発動機はギャソリン仕様で、簡素化、低価格を売り物にするそうです。
そう言えば最近、大型フルサイズのピックアップトラックが絶好調の裏で、フォードの出した軽便・廉価のピックアップトラック、マヴェリック(おお、懐かしい名称!)が非常に好調だそうで、その市場に殴り込みをかけようと言う計画らしいです。
これが軽便トラックの、マヴェリック、2025年の販売台数は155,051台。好評です。廉価と言っても一番安いヤツで$27,145。こう言う類の小型ピックアップトラックは皆、過大化していて、当然価格もそれに釣られて上昇しているので、この値段は今となっては割安なのかも知れません。ウチの近所さんがトヨータ・最新型のタコーマトラックを買ったんですが、それを見て、自分はてっきり、フルサイズのツンドラだと思っていました。
これがそのREO、予想図。値段は限りなく$20,000に近いらしいです。
でもこの新型REOトラック、調べてみればまだ、絵に描いた餅の段階らしく、実車の画像は一つも無く、動力・駆動系も外注で、現在資本を集めていると言う状況らしく、今後の進展がどうなるか、興味ある所です。
その廉価のピックアップのアイデアは、トヨータがアジアで販売している、昔で言う ”アジア車” (既に死語?)ハイラックス・チャンプと、言われてます。以前、インドのマヒンドラ社も同様の廉価仕様トラックを認可まで行ったのですが、販売網契約の問題から撤退した事例がありました。
実現しなかったマヒンドラ。因みにマヒンドラの農業トラクタは我が国でも一応出回っています。
不発に終わったトラックと言えば、ぼくが15歳くらいの時に、マンハッタンで目撃した、ルーマニアのアロオ(ARO)、かなり販売開始近くまで行ったらしいですが、結局断念。その代わりお隣、キャナダでは実際に販売したそうです。このARO、結構最近も我が国へ導入計画があったんですが、それがまた興味深い話で、いずれか書こうと思っています。(その前にVWのストーリーを終わらさねば。。。)
2004年に消滅した、オールズモビルのブランド。って事は、今年22歳の若者は、オールズモビル自体を知らない事になりますね。ぼくら60代のジジイには、オールズモビルの響きは青春そのもので、当時、老若、憧れのブランドでした。
カトラス単体で一年に500,000台以上軽く売り捌いていた明るい時代。結局GMはオールズモビルやらポンテイアック消滅させても2009年には倒産。時代がそうさせたか。経営が悪かったか。政府がそうさせたか。今となっては手遅れですが、安易に過去の栄光ブランドを復活させるのも考えさせられますね。
最初、REOブランドは、アー・イー・オーと発音していたそうですが、語呂が良いとの事で ”リオ” と呼ばれるのが慣行でした。そのトラック会社の名前が由来とされる樂団、REO Speedwagon は何故か、”アー・イー・オー・スピードワゴン” と呼ばれるのが不思議に思います。(REO Speedwagonのバンド名は、創立者の1人が大学校でバンド活動をしていた際、授業に戻って最初に見た、黒板に書いてあった案件がREO Speedwagonだったからだそうです)
そのREO Speedwagon樂団も2024年に解散、最後まで参加していた創立者、ニール・ドウテイー氏も早、今年で80歳。ランソム・オールズ氏が他界したのが1950年でしたから、彼も空の上からREO Speedwagonの歌など口ずさんでいるのかも知れませんね。
これが本家の、REO スピードワゴン。実に響の良い名称です。
REOの大型トラック。
後日、REOブランドはトラック会社のホワイト社、ダイアモンド社と一緒になり、結局ヴォルヴォの傘下に入るのですが、名称は消えます。
南半球のオウストラリヤでもREOブランドは生き続け、最近、また復活する様な話を読みました。オウストラリヤと北米は国土の地形が似ているのでか、昔からトラック、自動車、共通の車両を好む様です。
2004年、オールズモビル最後に組み立てられたのが、このオールズモビル・アレーロ。アレーロと言われてもピンとこないかも知れませんが、所謂車種整理後、あのカトラスの後見と考えて頂ければ安全です。本当ならミッドサイズ車の筈ですが、車格としてはコムパクト車になっていて、車台はGMX130と呼ばれ、姉妹車としてはシェヴォレイ・マリブーやら、ポンテイアック・グランダムです。
消滅が目に見えているブランドの自動車、当然販売台数は以前のカトラスに比べたら微々たるものでしたが、アレーロの特徴として、まずステーションワゴンがない事。その頃にはステーションワゴンは早廃れて、ミニヴァンの人気が持続していて、オールズモビルもシルエットと言うミニヴァンを持っていました。ステーションワゴンはない代わり、2扉のクープは用意されていて、(強いて言えば扉に窓枠が付いているハードトップ式ではないので、2扉セダーンと言われてもおかしくはなかったです)その上、珍しい事に4気筒車には、独国ゲットラグ社(製造はイタリヤ工場)のF23型手動変速機が用意されていて、不思議な事に、自動変速機大国の我が国で、アレーロの手動変速機の個体はしばしば見かけられました。
手動変速機以外で目立った点では、このアレーロ、実は欧州に結構本気で輸出していたんです。されどオールズモビルのブランドではなく、シェヴォレイ・アレーロとして。その頃、欧州ではシェヴォレイのブランド復活で普及に努めていたのですが、シェヴォレイと言っても殆どの車種が、買収して問題だった韓国の大宇ブランド車を捌く販売チャンネルとしてでして、まあ北米製のシェヴォレイも何車種かはありましたが、得体の知れないアジア製の兄弟車を売る販売店で、当然長続きせず、将軍様は破綻の道へまっしぐらそ進んで行ったのでした。。。。
これは独国での宣伝。頭に付いた、新しいオールズモビルの ”宇宙” エンブレムもそのままに。矢張り欧州ではニューオーリンズでジャズを聴くとか言うのが、我が国を代表連想させる物なのでしょうね。まあ、カウボーイとインデイアンよりかはマシでしょうけど。。
エンブレムをシェヴォレイの蝶ネクタイに変えた例。
ネズランド・プレートの ”シェヴォレイ” アレーロ。
これは本家、オールズモビルのアレーロ。この車尾灯がやけに大きすぎる感じがするのですが、視認性の良い尾灯、とちゃんとキャタログには記されているので、ちゃんと認識した装備なんですね。
アレーロは貸自動車で何回か借りましたけど、うーん、大した印象は無く、悪く言えばパッとしない自動車。よく言えばソツなくまとまっているな、程度でした。謳い文句では強固な車体、優れた操縦製などとは謳っていましたが。
我が家の長屋駐車場に長いこと鎮座していた2扉のアレーロ。結局自走する場面を見ること無く、ある日、牽引車に持っていかれました。
おお、首都高を走る98リージェンシー。緑プレートの営業車ですね。
こちらも98リージェンシー。でも自家用登録。親分、センスが良いですね。因みにこの98とは、昔々、戦前の大型オールズモビルの車台は90シリーズと呼ばれ、それに8気筒エンジンが載っているので ”98” の名称が付いたそうです。
数字と言えば、ビュイック・エレクトラの225は、昔のモデルの全長が225インチだったのが由来です。最後に225のモデル名が使われたのが確かダウンサイズされたCボデー1979年型で、これの全長は222インチでした。
番外編。トランクに積む二輪車たち。
ホンダの広告なのに、車両がトヨータなのが面白いですね。
みんな大好き、モトコンポ。
そしてこれが現代版、題してホンダ・モトコムパクト。電動で走り、15万円くらで販売されています。保安部品の影響で、公道で走れる州・地域、そうでない場所があるそうです。
