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2022年11月13日

沖縄、むかしの自動車たち。

沖縄、むかしの自動車たち。








先週、超級市場で、古い自動車に遭遇。写真撮ろうと思ひきや、乗ってきた人達が帰ってきたので、スナップ写真だけにと。1963年型のクライスラー・ニューポート。ここいら辺の年代からクライスラーの自慢は、普通の車体と骨格が別体では無く、ユニボデー構造、所謂モノコック式車体になった事ですね。一番の利点は重量が軽くできるのと、車体と骨格がボルトで結合されていないので、長年使っても車体各部が緩んだり軋み音がしない事。クライスラーのユニボデーはその後現在まで受け継がれています。



身体障害者用の駐車スペースに停めてあった買い物客、皆お年寄りの方達で、3人乗って仲良く出て行ったのがデージ、微笑ましかったです。ウィンドシールド上端が屋根に食い込むのが素敵ですね。(これに若造が色眼鏡でも掛けて肩肘窓枠から出して出て行ったら興醒めだったところでした。。。)







古いクライスラーと言えば、今年本土復帰50年を迎えた沖縄で、以前の琉球列島米国民政府機関(USCAR, ユースカーと言われた)の下にあった、琉球政府の最高指揮官、松岡政保行政府首席の公用車として写真に結構出てくるのが、1962年型のプリムス・フューリーの4扉ハードトップ・セダーン。ミッドサイズのクライスラー、当然モノコック車体で捻り棒トーションバーの前輪独立懸架式。

1965年、宜野座の写真は沖縄県立公文書館より。



実際のフューリーは政府高官を送迎するより、若々しい躍動家族の乗るイメージでしたが。。。フューリーはこの前年はフルサイズ車だったのに、”ダウンサイズ” されました。この頃のクライスラー車は、デザインの大ボス、ヴァージル・エックスナー氏が解雇され、デザインにさまよう日々が続いていました。。。



1966年、具志川村の中央病院視察とのキャプション。松岡首席は米国で高等教育を受けたので、ユースカーとの折衝に貢献したのでしょう。



その後の行政首席の公用車は、1967年型、最新ピッカピカのシェヴォレイ・インパーラ、こちらも4扉ハードトップ。フルサイズに格上げされましたが、シェヴォレイと、派手じゃないのが微妙な所ですね。首席専用のライセンスプレートに注意。



同じ自動車の広告。この頃からシェヴォレイのフルサイズ車はキャデラック風に追っかけて光り物の飾りが増えます。光り物一つ増やすと販売台数が何千台単位で増えたそうです。



1968年、名護町の役所から。沖縄県立公文書館の写真。



ヤマトから来た、難尾文部大臣はトヨータ・クラウン。スーパーデラックス?



ユースカーのトップは流石、キャデラック。これはアルバート・ワトソン高等弁務官、彼は米本土政府に反して親沖派だったらしい。。1966年那覇市内の共栄伸鉄の視察。沖縄県立公文書館画像。



このキャデラックは多分1961年か1962年型。この年代のキャデラックは非常に複雑で、同じ車軸長でもトランク部が短いのと長いのと2種類あり、セダーン型も6ライト、4ライト、フォーマルルーフと非常にややこしい。写真のは多分長尾の6ライト型、デヴィル? 沖縄県立公文書館画像。





昔の琉球東急ホテル。那覇の天久の海岸崖っぷちの丘に長らくあった名所、現在は病院。 前を出ていくのはモデルチェンジしたばかりのダッジ・ダートの的士。



当時の絵葉書。英フォードのコーテイナ、1965年型フォード・ファルコン、それにコーヴェット。玄関前の的士はフォード・ギャラクシー。



現在は病院に。



板金工場は大盛況。バンパの曲がったマスタングに、ランブラーのステーションワゴン、などなど。沖縄県立公文書館画像。



このランブラーは1963年辺りのクラシック660ステーションワゴン。1966年のおきなわ祭りパレード、場所は今の県庁前。左が昔のりゅうぼう百貨店、沖縄で最初にエスカレータを装備したお店、後に、りゅうぼうは斜向かいに移りパレットくもじ、旧りゅうぼうの建物は現在ホテルになってますね。



丁度中央交差点の右上が上の画像です。当然右側通行なので現在のバスが停留所で止まっているのが反対側です。この止まっているバスの道路向かいにナナサンマル、右側通行から左側通行に移った時の記念碑があります。



現在でもこんな自動車を発見。1963年型マーキュリー・モントレー。ブリーズウェイと言って後窓が開き換気効果抜群だっただけでなく、当時のフォード・マーキュリーはど肝を抜く数々の装置がてんこ盛りでした。うるま市にて。





神奈川県のある場所、えっ、なんじゃコレー!

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Posted at 2022/11/14 17:09:38

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この記事へのコメント

2022年11月14日 22:11
モノコックボディの利点にフレーム車より音が静かだと言うアピールは興味深いです。現代のフレーム車に少し乗ったくらいでは取り付け部に異音が発生するなんで考えもしなかったです。


最後の写真はクリスティーンではありませんか!
子供の頃にTVで見て最初は古い車が出てくるのて頼んで見始めましたが、怖かったです。幼い頃の記憶が残っており大人になってからスティーブン キングの原作小説も日本語翻訳版を後から読みました。
コメントへの返答
2022年11月15日 14:46
フレーム式とモノコック式だと、ドアを開けた際、敷居の幅で直ぐ分かりますね。特にGMのフルサイズだとかなり幅広になり、その下にズンと前後に骨格が入っているのが実感できます。でも1960年台、電気で構造解析などするずっと前に技術者は設計図を描いて、実験を繰り返して3Dのモノコック車体を設計したのですから、凄いです。まあ、あのクライスラーは当時、軍事でも高度な技術を持っていてロケットなども開発製造していましたから。。。フレームと車体の間にあるゴムのクッションも各社で色々凝った仕掛けがあって、特に高級車のキャデラックとかは面白い構造でした。

クリステイーンは自動車より、主人公の人格変化が怖かったです。

この個体も1958年型ですね。4灯式前照灯解禁になった年ですから。1957年型は4灯に見えますが、内側は補助灯です。
2022年11月14日 22:27
冒頭の車のフロント

プリムス・フューリーのサイドからバック…

素敵です、アメリカ~らしい「ぶす可愛」です

この年代に、このサイズの車は、内地では逆に見れなかったでしょうね?!
コメントへの返答
2022年11月15日 14:53
当然沖縄の方がこの手の自動車がヤマトよりもっと見られたと察しますが、違いはアチラは営業車が殆どだったのに対して、ウチナーはアメリカ〜と裕福層に使われていたと思います。

当時、大城鎌吉氏は、さぞかし建設業でユースカーから大口契約もらって、キャデラックかなんかでブンブン走り回っているかと思えば、実際は小ぶりな、黒塗りメルセデス300dを使っていたのは興味深い所です。

プロフィール

「津波警報 盆ダンス et al. http://cvw.jp/b/1945280/48590822/
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