全米で格安航空会社の先駆者、テキサス州のサウスウエスト航空、長い間会長を勤めていたのがハーブ・ケラハーと言う筋金入りのもと弁護士で、経営引率するのにこれ程お手本になる人はいなかったでしょう。会長のくせに深夜にエルヴィス・プレスリーの格好してハーレーデイヴィッドソンの単車に跨り夜勤の整備部門にピッザの差し入れを運んできたり、不利な法案が立法されればガンガン政府に殴り込みを掛けたりの、伝説の人でした。
ある年、サウスウエスト航空の広告に使うキャッチフレーズが先に他社に使われていたとかで文句が出て、裁判沙汰になりました。相手は小さな航空事業者。訴訟額は結構な数字になったんですがケラハー氏、お抱え弁護士の忠告を無視して相手側の社長に電話をかけます。こんな訴訟おこしても儲かるのは弁護士だけ。お互いに広報にも良くないし、いっその事、オタクと私で勝負しませんか?腕相撲で、と提案します。面白れ〜、アンタの挑戦かって出る!と相手会社の社長さん、その後二人は猛特訓を始めます。決戦の舞台は大きなステイデイアム借り切りの試合になるまでの大騒動に発展し、観戦に来る人に観戦券を売り、その収益は全て慈善事業へ寄付、決戦日に数千人が見守る中大接戦になるんですが、結局ケラハー氏、僅かの差で負けちゃうんです。でも相手の社長さんも彼に劣らず凄い人で、おらあ勝ったけど、まあ、アンタんところであのキャッチフレーズ、使ってもいいよ!と優しい言葉が出て観客は総立ちで沸いたとの事。
ケラハー氏は2年前、お亡くなりになりました。こう言った未来へ導いてくれるリーダーが少なくなった今日この頃、寂しい限りです。
自動車会社も同じ様な運命で、チャックジョーダンとか、ビルミッチェルとか、アイアコッカ、ボブラッツ、尊敬できる上役を失った大会社は糸の切れた凧の如く迷走が続きます。
1980年代、ダウンサイズ第二弾辺りを思案していた各社、心の迷いに悩まされ、その決断の噂を聞いて皆が卒倒したのが、あのフォード・マスタングを新型前輪駆動の小型車、フォード・プローブGTと言う車に置き換えようと言う経営陣の企みでした。5メートルを超すマスタング・マック1やらグランデが一夜でサブコンパクトのピントをベースにしたマスタングIIに堕ちた時も大変だったですが、いくら牙を抜かれたと言ってもマスタング・ファイヴ・ポイント・オーに憧れていたマッスルカーのファンの孫たちはこの、ミシガン州フラットロックのマズダとの共同工場で生産されるカペーラもどきのひ弱な車にマスタングの名前をつけるなんてと大激怒。まあ今の電気自動車をマスタング・マックEとして売り出された時は余り文句は煩くなかったみたいですが。後にフォードはプローブをマスタングの代替にするのを諦めます。。。
将軍様本家でもカマーロの先行きに悩みます。丁度その時期にシェヴォレイは世紀の欠陥車、コンパクト車Xボデーのサイテーションの後釜として、Lボデーと名付けられた新型コンパクト車、セダーンのコーシカと2扉クープのベレッタを世に出します。今回は ”絶対に失敗しないわよと” と何処かのお医者様の言う意気込みで最初の一年はフリート販売だけに絞り一般消費者の手に渡る前一年間に渡っての試験期を過ごした後、売り出されたコーシカ・セダーンは、サイテーション以上につまらなく、どう考えても1番の取り柄が車輪が丸い事ぐらいであとは何故この自動車を買わなきゃならないか考えさせる様なシロモノでした。2扉のベレッタは格好がスポーティーだったので幾らかマシだったんですが、ある日、将軍様が、あり、カマーロの後釜に改造したベレッタで行けないか?と提案します。実験部門は当時出たばっかりの新鋭スモールブロックV8、LT1をねじ込んでポンテイアック6000の四輪駆動を組み込んだ変態車(Xボデーで唯一四輪駆動があった)、同じ様な四輪駆動を横置きV6に過給器を2機装備した奴、それと横置きSOHCのV8を詰んだ高性能版をベレッタではなく、フェレッタと命名して試作しました。この3台のうちのフェレッタが一番完成度が高く、興味深いのはそのエンジンで、90°のV8で各バンクにキャムシャフトが一本、ベルト駆動、この”約” 3,500ccのエンジンは何と、いすゞの製作したエンジンだ、と言われています。詳しい事は全く分からず壊れた際の補機類も部品探すのに苦労するらしいですがこの個体、GMの経営が傾いていた頃に競りに出され売却、現在は個人所有だそうです。。。
将軍様の実験部門。面白いのはBボデーのカプリース・ステーションワゴンにコーヴェットのL83エンジンを積んだ奴。これは実際コーヴェット開発時、実験部が路上評価で公道にて走行するコーヴェットを追っかけるのに自分たちで作ったもの。後に普通のカプリース・ステーションワゴンには本当にLT1を積んだ凄いカプリースのステーションワゴンが販売されます。その先駆けですか。
まだフレーム付きの大型車が幅を利かせていた頃。V8よりもっとスムーズな自動車を作れないかと12気筒のエンジン載せちゃったシェヴォレイ・カプリース・ランダウ。ヨーク見るとこのエンジン、BMWのV12なんです。なので例のスクリュウ・エンブレムを隠してます。。。
ところでこのベレッタ。将軍様はこの名前、既にトレードマークとして登録されていて問題になる事最初から分かっていて使っちゃったんです。そうです、ベレッタと言えばイタリヤ老舗の拳銃の会社です。弁護士の脅しにも屈せずGMはベレッタを売り出して、当然訴訟を起こされます。結局1989年に話し合いで決着が付き、GMはベレッタ社に50万ドルのお金を払い、そのお金はベレッタ社が慈善事業に寄付。その代わりGMはベレッタの名称を使う事を許されました。んでその記念にと、ベレッタ社は自社製の拳銃を将軍様に奉納、GMはベレッタ社に当時一番高性能だったベレッタのGTUを一台寄付。ケラハー氏ほど目立たなかったですが、大企業内にも洒落た上役がいるもんですね。この世の中、まだ捨てたもんじゃない。。。
エルヴィスの格好してハーレー・デイヴィッドソンに跨るサウスウエスト航空のケラハー会長。キマってる。。。
その腕相撲で負けた!でも両方勝った訳ね。
マスタングの後釜になり損なったフォード・プローブ。
実際はマズダ・カペーラMX-6の兄弟車でした。
これがサイテーションの後釜のコーシカ。クロームが殆ど使われず、一応欧州風にしたかったんでしょうね。実際欧州に輸出されていました。この1987年に出たコーシカももっと前に出たJカーのキャヴァリヤも現実に言えば両車、コンパクトカーです。コーシカも足回りなどはJカーから部品を流用されてました。
そのクープ版がベレッタ。
コーシカは、シェヴォレイの伝統とも言うか、ハッチバック版もあったんですが、たったの3年間だけ。殆ど売れず。
当時、6人乗り!と言うのは実際に6人乗せるかは別として、結構重要な案件だったんです、自動車購買時。Xボデーのサイテーションは背もたれが分かれていましたが座面がベンチシート、でも5人乗りでした。
ミッドサイズのセレブリティはサイテーションのXボデーを拡大して、此方は6人乗りがありました。それも左右座面が分かれているスプリットベンチシートでは無く、座面も背もたれも完全一体の正規ベンチシート。ぼくがJFK空港で乗り回していたセレブリティー・ステーションワゴンの社用車がそうでした。
ベレッタにいすゞ製V8を積んだその名もフェレッタ。完成度高いです。
いすゞ製90°、謎のエンジン。。。。SOHC V8.
試作車の証。。
昔、バレッタって言う刑事物の番組がありましたね。。。主人公どんな自動車乗っていたっけ??
ベレッタでもない、バレッタでもない、フェレッタですよ、フェレッタ!
これがイタリヤはベレッタ社に献上されたベレッタGTU。
コーヴェットの試験車追うのに実験部が作ったコーヴェット・エンジンのカプリース・ステーションワゴン。
その後、実際にLT-1を積んだカプリース・ステーションワゴンが市売されるとは。でもこれは前期型なので普通の V8。この樹脂製のホイールキャップでバレます。このホイールキャップは初期型ですぐどっかにすっ飛んで行っちゃう困り物で翌年から改良されて鉄製になりました。
カプリース12気筒。黒い矢印がBMWのマークがあった所。このエンジン、壊れるんですよね〜。。。。
このお尻いじっている人、だあれ?

Posted at 2021/05/19 13:51:12 | |
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