ZONDAGさんの所で、
こんなブログがありました。
中国の人から見たニッポン。
靖国神社についてだったり・・・。
以下、論点の飛躍した
極論や、誰かを
傷つけてしまう文章の内容があるかもしれません。
坊主個人の想う事として読んで下さい。
僕のおじいちゃんは、靖国神社に祀られています。
おばあちゃんは、広島で原爆投下の日に広島市内にいました。
そして、僕は仕事もせず1年ほどアジアの国々を旅していた時期がありました。
まず、正直な気持ちを思うと、
60年前に戦争があり、
日本人だったり、
中国人だったり、
朝鮮人(あえて表記します)だったり、
多くの人々が死んでいった戦争があった事実を日々の生活の中で実感することはありません。
僕等の世代は、既に歴史の1ページとしての認識でしかありません。
広島平和記念資料館へ行っても、
靖国神社へ行っても、
沖縄へ行っても、
その日の、本当の空気を感じることは出来ません。
が、少し彼等の想いが伝わった出来事がありました。
今年4月に、戦争で死んだおじいちゃんの墓参りに広島へ行き、
亡くなった年齢が、今の僕と同じ33歳で、僕の父が今の次男と同じ2歳であることを知りました。
お墓の前で涙を流してしまいました。
その時は、涙の意味がわからぬままお墓を後にしましたが、
彼の家族を守るために死んでいった気持ち、妻・子供に対する想いを、今の自分に重ね合わせ、涙が出たのかもしれません。
彼等の思いがあるからこそ、今の自分がいるんだなぁと。
いいから、生きろと。
当然、時代背景もまったく違いますが、今の自分に同じ想いで行動できるかを考えると、あまり自信が無い自分がいたりします。
で、アジアとニッポン。
アジアの色々な国を旅して、ニッポン人に対して戦争の憎しみをもって接してくる人は、ごく少数であると感じます。
僕だって、原爆を落とした事や、おじいちゃんを殺された(事実はわかりませんが)事の憎しみをアメリカ人に対してぶつけることはありません。
なのに、ニッポンはいつまでアジア諸国に対し謝りつづける?
いつまで、中国は靖国神社への首相の参拝を非難し続ける?
戦争は、
悪ですが、日本や中国やアメリカが悪じゃない。
どちらか1国だけの人間が死ぬ戦争なんてありえない。
確かに、小泉さんは少し意地になっているとは思いますが、
基本的には、
靖国神社への参拝は賛成です。
純粋に、家族や仲間を殺された中国などの人々の気持ちを持って反対する心は、理解できるつもりです。
が、政治的な意図を含み利用されている気がします。
ニッポン人としての(総意ではないけど)確固たる意思を持って欲しい。
諸外国の意見に、振り回されるなんて哀しいよ。
テポドン撃たれたらもっと怒れよ!
ニッポン人のアイデンティティは、どこへ?
ニッポン人の伝統は、どこへ?
なぜ、
国旗の掲揚についての法律が?
哀しいね。
ワールドカップで、
日の丸揚げるなとは言わないくせに。
一緒に国歌歌ってないか?
アメリカや、ヨーロッパに憧れたり、目標にする事も大事だけど、
もういいんじゃない?
ニッポンに誇りを持っても。
自信を持って世界で主張すればいいじゃない。
外国から、ニッポンを見るとニッポンが好きになれます。
和柄や家紋もかっこいいなと感じます。
アルファロメオは、イタリアのヴィスコンティ家の紋章を堂々と掲げています。
僕もそうありたいなと思う訳です。
世の中は、8月15日にこんな事考えるんだろうな。
まぁ、ステップワゴンを弄れる明日に感謝です。
Posted at 2006/07/07 02:32:23 | |
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