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山籠のブログ一覧

2018年12月01日 イイね!

札幌ドームのこと。(4)

札幌ドームのこと。(4)※続きの話なのでタイトルをそろえましたが、話は離れます。

さて。
移転自体が決定した後、真駒内案・北大案・八紘学園案・北広島案の4点の提案のうち、北広島案が採用されたわけですが、まぁこの案の中で見れば妥当すぎるほど妥当でしょうね。

・真駒内→地下鉄はあるが反対運動もある
・北大→都心の一等地という魅力があるが、権利や騒音などクリアすべき課題も多い
・八紘学園→立地が変わらないメリットがあるが、狭い
・北広島→広い、だが交通の利便性の問題がある


こんなん一択やんけ。

と、いうか。
札幌市に同情するのは「こんな短期間で立案なんて無理」ってこと。
地方都市はスピーディにトップダウンで物事を進められるので、そのスピードで対抗するのは不可能ですから(既に話がついていた出来レースだと個人的には思っていますが、証拠はない)。

北広島での新球場建設には、大きなメリットと、同等の大きなデメリットがありますよね。

メリット
念願のボールパーク化が可能→食品やグッズなど自前の物販が可能になる
札幌ドームの運用都合に縛られず、自由な運営が可能→とは言え、今も充分優遇されていますが、わざわざトレーニング器具を搬入搬出するなんてな馬鹿げた行為に代表される様々な縛りから解放されるのは大きいですよね
もちろん30億円クラスの使用に関わる費用が不要になる
グラウンドや観客席も最適化出来る
札幌市民は距離的に変わらない上、道東・道北民からすれば距離が近くなる

デメリット
既に飽和状態の交通(道路・JR)及び駐車場の問題→JR千歳線(札幌-千歳間)は過密ダイヤで増発は不可能、現状6両編成の電車を増結するのもホーム改造の面から不可能、盲腸線建設で新球場直結駅も不可能。となれば、鉄道に関してはせいぜい待避線を作るので精一杯?
北海道は自動車社会。アメリカの例に倣えば、3万人収容のスタジアムならば、駐車場は5千台収容レベルでも厳しいのでは?また、上に道東・道北民は近くなる、と書いたものの、札幌に行く際に高速道路を余り利用しない道南民の場合、距離や時間は延びてしまう。
何もない街に新たなテーマパークが出来るようなものだが、野球に興味のない人をどれほど呼び込めるか疑問→いかに札幌ドームが中心部から外れているとは言え、試合後は地下鉄で市の中心部に移動すれば打ち上げや宿泊も可能。北広島にも飲食店などは増えていくのでしょうが、宿泊施設は大変だと思う、というか、結局宿泊は札幌に移動となるでしょう。上に書いた交通の問題も含め、野球開催がない日にどれだけ集客が可能なのかが大事になる?
いくら大企業といえど、600億円+αの費用捻出は可能なのか?→まず、みんな勘違いしているのは「年30億×20年分だから充分ペイ出来る」?いや、そこ整備費入ってる?その額の他に毎年整備補は別途掛かるよね、自前なら。もうひとつ。「コレで札幌ドームの奴隷契約から逃れてFA流出を防げる」?もともと本社は球場使用料を払っているだけで野球にはほぼノータッチ、球団が独立採算制ならば、この新球場の売上次第で増減がある程度では?
また、自治体やJRに出来ることが限られるため、場合によっては建設費以外の支出が増える可能性も(個人的には北広島駅から球場まで自前でモノレール敷けないかね?と思っています)。
札幌ドームとの棲み分けは可能か?→先日のブログで「新球場がドームになるとは思わなかった」と書いた理由はコレ。例えば保護地域外の球団の公式戦のみならず、コンサートなどのイベントまで新球場が行うのならば、間違いなく「生みの親を殺す」戦争になる。もちろん営利事業ならば、そうしたドンパチは道理。ただ、その上で札幌ドームが破産した場合の負担は市民・道民が背負う。それを『札幌ドームの怠慢』ととるか『日本ハムのせいで余計な負担を背負わされた』となるか。ファン以外の大多数は後者になりそうな気がするのです。

もちろん、素人じゃないのだから、このような要素はとっくに分析しているのでしょうけど・・・。


せめて、もっと早くorもう少し検討を重ねてからだったら、と言う気はしますが、恐らくそうすれば札幌ドームの老朽化に伴う修繕費まで払わされるのはまっぴらゴメン、ってトコなのでしょうね。
多分、もっと早く提案があれば苗穂駅再開発に新球場を絡める事も出来たのでしょうし、もっと時間をかけるならば例えば「JR貨物白石ターミナルの移転→跡地に白石新駅直結の新球場」なんてな飛び道具も用意出来たかも知れません(新千歳空港アクセス向上のために空港駅改良工事も検討されていますが、一番効果的な方法は千歳線から貨物列車を追い出すこと。例えば安平などの室蘭本線沿線にターミナルを移転出来れば可能になる)。

最後に。
移転後10数年が経過し、チームと地域のパワーバランスが変化したように感じています。
プロ野球(=ハム)を呼び込むべく、プロ仕様のナイター設備を揃えたスタルヒン球場での試合開催数を増やす一方、設備面での不備を理由に来年度から函館開催が消滅(元々平日の1~2試合、しかも雨天時の代替開催もナシ)。『函館も、改修したら開催を考えてやってもいい』そうな。
地元民としては『オーシャンスタジアムでの近い将来の開催復活のために、半端な金で半端な改修するのは、金をドブに捨てるようなもの。プロ野球開催なんか目指さず最低限の改修で高校球児や我々草野球プレイヤーら「市民のための球場」にするか、逆に大金を投じ駐車場などの付帯施設も含め抜本的な改修をするか、判断する時期に来ている』と考えています。
※なのに馬鹿市長は半端な金で半端な改修を目指すそうな。誰かに弱みでも握られたか?
こうした姿勢、よく言えば『今までは地域に定着し親しまれるための行動、だから今後は地域がチームに還元する番』。
悪く言えば『殿様商売』『誰がお前のご主人様か教えてやろう
』。
そんな感じが見え隠れ。道民はドライな気質。「大阪の企業に、なして(どうして)肩入れしなきゃならんの?」とならないとも限らない。見方を変えると、道内企業に落ちていたお金が、新球場建設で0になるワケですから。

さて、どうなるか見てみよう(←個人的には今年の流行語大賞)。
Posted at 2018/12/02 23:01:26 | コメント(0) | トラックバック(0) | 社会ネタ | 日記
2018年11月29日 イイね!

札幌ドームのこと。(3)

札幌ドームのこと。(3)だいぶ間があいてしまいました。

結構、こういうの書いてて自分で飽きちゃうとやめたりするんだけど、今回は律儀。

今日の分は『なにをいまさら』な話ですので、特に読む必要はないと思います。

まぁ、今後書く話につなぐための「ブリッジ」的な感じ?

今回の本拠地移転の『異様さ』は、一体どこから来るものなのか・・・。
私が異様と感じているのは、以下の2点。
・何故、妥協点を見いだすことが出来なかったのか?
・移転前提で、今後数年間札幌ドームを本拠地として使用し続けること

です。

前者に関しては、単に「権利関係と利害関係が入り組んでいたため、その絡まった糸をほどくことを日本ハム側が拒絶した」だけの話なのでしょうね。
本来ならば他球団のように、球場を買収するなり指定管理者の権利をもらえば良かっただけの話なのだけれど・・・札幌ドームの株主が多すぎるだけではなく、野球とサッカーの本拠地、だけではなく、来年にはラグビー(W杯)まで絡んできて。
一番使用頻度の高い日本ハムが指定管理者になれば簡単な話だったと思うのですが、そうなればサッカーやイベントに支障が出る恐れがあり、出来なかった?
ではハムがドーム自体買収すれば・・・いや、野球専用にするにしても、改修費用は莫大になる。そこに価値を見いだせなかったのでしょう。札幌市からしても、ドームを野球専用にした場合、コンサドーレのJ1ライセンス維持のために厚別公園競技場改修が迫られるわけですし。

ならば、あとは使用料を減免するぐらいしか引き留める方法はなかったハズなのに、何故それをしなかったのだろう、という大きな疑問。11球団の本拠地自治体は『そこにチームがあることが、利益に資する』と判断している。札幌市は違うのだろうか??????
市・ドーム・ハム・コンサの4者会談でも、特にドンパチするでもなく粛々と『何の方策のないこと』を確認しただけ。アレは完全に茶番。
コンサドーレサポーターとしてみれば、コレで日本ハムの日程に影響されることなく札幌ドームを使用出来ることにはなるけれど、喜ばしいことだとは思えない。
何故札幌市も日本ハムもそんなに強気なのか?まだまだ、表に出ていない「オトナの事情」があるように思う。
個人的には、サッカー場の養生スペースに屋根と座席をつけてツインドーム化すればスンナリ事が運ぶのでは?と考えていました。西武ドームの屋根架設費用を考えれば、この手の事業としては安価な方では?


後者に関して。
元来、本拠地移転=翌シーズンから他都市に移転というケースがほとんどでした。
今回に似たケースと考えると、大洋ホエールズが神奈川県川崎から同県横浜に移転したケースか。
この時には、移転反対運動もある中、移転が決まったものの、空いた川崎球場には本拠地を持たなかったロッテがすんなり収まり。
もうひとつのケースは、そのロッテがらみ。前身の大毎オリオンズは後楽園球場からの移転を決め、61年7月に球場建設着工、翌年6月に完成した東京スタジアム(味の素スタジアムとは別)を新本拠地として使用。

今回のように『保護地域内で移転前提で数年かける』ケースは、今まで存在しませんでした(近鉄の藤井寺球場→大阪ドーム移転が近いケースだけれど、これは藤井寺球場の陳腐化・老朽化などが原因)。
口の悪い言い方をするなら『移転するなら、とっとと来年から北広島に移転すればいいじゃん』『本拠地球場には不満ばっかりなんでしょ?』『ロイヤルズ球場で来年から試合すれば解決じゃん』。
まぁ、札幌ドームの設備や対応に対してやいのやいの言ってるのは、外野の連中ばかりで、日本ハムのファンはいないと信じております。
仮にも、北海道移転はドームなしにはあり得なかったわけだし、数々のドラマを演出してきた本拠地ですからね、やれドームはクソだとか、秋元〇ねだとか、天下りのクズども仕事しろだとか、寄生虫のコンサを追い出せだとか、そんなことハムファンが言うはずありませんよね(念押し)

ただね、まさか本当に新球場をドーム化するとは、思わなかった。
ハムの幹部だってオトナですから、無駄なドンパチはしたくないはずだし、お安く天然芝の屋根なし球場作って、春や秋の気候が厳しいときだけ札幌ドームを使う形がベターだと思っていたので。
場合によっては、日本ハムがヘイトを集めることにも・・・(秋元氏にヘイトをなすりつけたって、あちらは辞めたらただの人ですからね)。
Posted at 2018/11/29 23:01:35 | コメント(0) | トラックバック(0) | 社会ネタ | スポーツ
2018年11月26日 イイね!

11月24日『ボヘミアン・ラプソディを観てきた』の、無駄に長い余談

11月24日『ボヘミアン・ラプソディを観てきた』の、無駄に長い余談※こちらの駄文にもネタバレが含まれるため、ご注意を。

どうも、書いたブログを読み返すと映画の批判のようにも読めちゃうので、照れ隠し的に余談を書きます。多分、話があっちこっちに飛びます。
I'm going slightly madにならないように。

まずは修正。
11月24日に「QUEENの解散危機は、勤続疲労と音楽的・商業的失敗」と書きましたが、それはHot space路線の失敗を意識しましたが、本を読み返すと「ライブの失敗」が大きなウエイトを占めていたようですね。コレも映画では描かれなかったけれど、黒人差別政策(アパルトヘイト)絶賛実施中の南アフリカ公演の強行実施による業界からの村八分。社会からの非難の声。
それに伴う世界ツアーでのトラブル。
精神的に辛いものだったんでしょうね。

・劇中歌
ボヘミアン・ラプソディは、もちろんQUEENの映画ですから楽曲のほとんどはQUEENのもの。
※また不満を書くけれど、85年のライブエイドで話が終わるなら、エンディングがThe show must go on(91年リリース)なのは、オカシイと思うの。
ただ数曲、他の歌手の歌があり、QUEENにまつわる色々なことを知っていると「ふふっ」となるのです、はい。

まずは映画のオープニング。20世紀フォックスのあのファンファーレ「パンパカパーン」が、ギターになってて、ゲラゲラ笑いそうになった(^^)
後から調べたらブライアン・メイの演奏だそうな。

劇中、印象に残っているのは3曲。
①Sunshine of your love/Cream(https://www.youtube.com/watch?v=HbqQL0J_Vr0)
②Anarchy in the U.K./Sex pistols(https://www.youtube.com/watch?v=xGLNdqyX4ZI)
③Super freak/Rick James(https://www.youtube.com/watch?v=QYHxGBH6o4M)

コレ、以外と重要。彼らにとってのThese are the day our livesなのだ。

①曲自体はメアリーが働くブティックで流れていたBGM。
映画では大胆に端折られ、わたくし『あんまりじゃねーか、ジョン・ディーコンがかわいそすぎるだろ!』と憤慨した、QUEEN以前のシーン。加入順としてはブライアン→ロジャー→フレディ→(QUEENに改名)→ジョン(オーディションで加入)。
劇中でも描かれていましたが、元々ブライアンとロジャーはSmileというバンドで(一応)レコードデビューしていました。もっと辿ると、大もとは脱退したベース&ヴォーカルのティムとブライアンがバンドを結成。ドラムを募集して加入したのがロジャー。
ちなみにその募集文には『ミッチ・ミッチェルやジンジャー・ベイカーのようなドラム募集』と書かれていたそうな。この両名、パワフルなドラミングで有名。
ミッチ・ミッチェルはジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス、そしてジンジャー・ベイカーはクリーム
そう、この曲のドラマーなのです。
募集した2人も加入したロジャーも、クリームが好きだった、だからベースが歌う3ピースバンドという、クリームと同じ編成だったのでしょうね。
デビュー後、英国の音楽評論家には「遅れてきたグラムロック」と酷評されていたそうですが、この評価で評論家の実力がうかがい知れるというもので・・・音楽は単純にハードロックでしょ?
もじゃもじゃしたブライアン・メイの髪型がマーク・ボラン(T-Rex)に似てるという印象だけで評価したんでしょうねぇ(苦笑)。

QUEENとセックス・ピストルズの不仲は有名な話。ただし、ヴォーカルのジョニー・ロットン(ジョン・ライドン)とはどちらかと言えば友好的だったそうな。
時代はプログレッシブロックのような難解でテクニックを必要とする音楽は時代遅れになりつつあった。Bohemian Rhapsodyのヒットもあり、QUEENもその範疇。
その反動としてのパンク・ムーヴメントから生まれたセックス・ピストルズは、音楽的にも人間的にも真逆(そりゃあそうだ、かたや女王陛下を名乗り、こなたアナーキストになりたいと歌ってるんだから!)。
とりわけピストルズの新旧ベーシスト、グレン・マトロック&シド・ヴィシャスとフレディは犬猿の仲だったようで、レコーディングで鉢合わせしたシドとは取っ組み合い寸前になったそうな。
俺は鉢合わせより兜合わせの方が好きだ!(フレディ・談←ウソ)。
EMIが悪いよーEMIがー。

③MCハマーのU can't touch this(https://www.youtube.com/watch?v=otCpCn0l4Wo)の元ネタのこの曲は1981年リリース。この前年The Games収録のAnother one bites the dustが上手くいったこともあり、82年にはディーコン色の強い(=ベース主体のダンスミュージック)Hot spaceをリリースするも、売上・評価とも爆死wwwwww
時代的には、パンクが衰退、ダンスミュージック・ブラックミュージックの代表的なグループ・Earth,wind&fireも力を失っていた。時代はテクノポップとニューウエーブ。
そういう意味では、最後のあだ花とも言えるのが、この曲だったのよね。一発屋。
ぶっちゃけ、Hot spaceの失敗でジョン・ディーコンはまた元のイジられポジションに戻っちゃったのかな?「アルジャーノンに花束を」のチャーリィ・ゴードンのように。
さにあらず。彼はこの後もヒット曲を産むソングライターとしてバンド内での確固たるポジションに収まったのである。決してInvisible manではないのだよ。


・マイク・マイヤーズ
映画冒頭のクレジットで出演を知りましたが、どこに出てたのか全く分かりませんでした。
帰宅後ネットで調べて『どことなく雰囲気が藤やんっぽい、あのプロデューサー』だったと知り、あぁ!となった。
確かにあの人物のシーンだけギャグっぽかったものね。存在もメンバーの行動も。
あそこは事実に沿ったフィクションだったので、観てて『ふふっ』となった(2回目)。
ウェインズワールドは好きじゃなかったけど、オースティン・パワーズは大好きなの。


・レコード会社
外国のミュージシャンの契約問題の煽りをモロに喰らうのは、日本の洋楽あるある。
逆にそのおかげで、本来世に出るはずのない作品・埋もれた作品が何故か日本だけでリリースされたりすることもありますし(https://youtu.be/-UHsxZyUtpA)。
Hot spaceまでワーナーパイオニア→The worksからは東芝EMI。
400万ドルの契約料が振り込まれた、かどうかは知らんけど、フレディのソロはCBSソニーからのリリース。
おかげで85年のQUEEN最後の日本公演の際は、QUEENのプロモーションをしたいEMI側とフレディのプロモーションをしたいCBS側で激しい争奪戦が繰り広げられたそうな。
そんなことお構いなしにフレディは新宿2丁目を満喫・・・したかどうかは知らん。
いや、むしろ満喫してくれてたならいいなー、とは思う。
※追記/2丁目の住人の方が書いたブログでは『ただいまー♪』と、嬉々とした顔で満喫したフレディの姿があったそうな。それは、よかった。


・当時の思い出
まだ書きたいことはあるけれど、それはDVDなどでリリースされてからにしましょうかね。
ここからは単なる自分語りの範疇。QUEENってのは、僕にとってはLove of my lifeのようなものですからね。

I was born to love you
あれ?なんか聞き覚えある・・・と、リリース当時思った。
キムタクさんとか稲葉篤紀とかのおかげでQUEENヴァージョンの方が圧倒的に有名ですけど、思いがけずフレディヴァージョン聴いてたのよね。
https://youtu.be/Qw8ua40JmCY
久米宏のTVスクランブル放送中にCMが流れてたような・・・?
フレディ本人も出来に不満だったそうですけど、実はこっちのグルーヴ感のないヴァージョンの方が好きだったりします。

Don't stop me now
フレディの死後、92~93年辺りに流れてたCM。
http://nico.ms/sm3789090
レーシングカー×QUEENという俺得CMでした。今見てもかっこいいCMだと思います。
BreakthruのMIRACLE EXPRESSみたいでしょ?https://www.youtube.com/watch?v=CEjU9KVABao
ドライバーは後にフェラーリでチャンピオン寸前まで行ったエディ・アーバイン。
当時は全日本F3000選手権に参戦中でした。

The show must go on
そのアーバインがF1デビューした93年日本GP。”お行儀の悪さ”をいさめようとしたのにアーバインに
『は?かんけーねーし。チャンピオン様はそんなに偉いんでちゅかねーwwwwww』
と言い返され、思わず音速パンチを繰り出してしまったのが、アイルトン・セナ。
94年5月、そのセナが事故死したことを伝えるニュース。
フジのおはようナイスデイだったと思うのだけれど、彼の遍歴をまとめたVTRと共に流れていたのが、この曲でした。https://youtu.be/HFEH-k4ueVo
よく、この曲を選んだな、と。おかげで二重の悲しみをこの曲で抱いてしまうようになりました・・・。


まぁ僕だって、QUEENのファンの中では若輩者だし、勘違いや間違いもあるでしょうけど、そこはご容赦願いたい。
Posted at 2018/11/27 22:50:58 | コメント(0) | トラックバック(0) | 音楽/映画/テレビ
2018年11月24日 イイね!

「ボヘミアン・ラプソディ」を観てきた

「ボヘミアン・ラプソディ」を観てきた※ネタバレを含みますので、これから映画を観る人はご注意を。

映画好きではあるのですが、劇場で映画を観る回数は多くありません。
田舎育ちで映画館に行くのが一大イベントだった子供時代。
レンタルが普及し、わざわざ足を運ばなくても済むようになった大人時代。

両手あれば足りるレベルかも知れません。
・・・せっかくだから、数えてみよう、うむ。

・王立宇宙軍~オネアミスの翼~(ヲタ道まっしぐらの、友人の姉妹と行ったの。友人抜きでwwwwww)
・エヴァンゲリオン旧劇・シト新生、Air まごころを君に(ここで一応エヴァンゲリオンという作品は完結していると思っているので、新劇ヱヴァはTVでチラ見した程度)
・踊る大捜査線THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ(パトレイバーっぽくって、踊るシリーズは今でも好き)
・TAXi(もう年を取ったので続編は望み薄だけど、TAXi NYもドラマ版も観た)
・タイタニック(唯一映画館で号泣した作品、感動をパックしたのでもう二度と観ません)
・チェ・ゲバラ2部作(28歳の革命・39歳別れの手紙)
・子供を連れて見に行ったドラえもん
・今回のボヘミアン・ラプソディ

あ、やっぱり両手で足りたわね。

わたくし、フレディがHIV感染を告白した91年11月23日と死を伝える翌24日にたまたまニュースを見ており、その足で近所のレンタル店でThe Greatest hitsを借りてきてファンになった、自称『フレディの死後1番目のQUEENファン』です。
そんな私が観た、映画の感想ですけど・・・うーむ・・・濃いーくQUEENを知っているが故の違和感にさいなまれまして。
日本のQUEENファンは大きく分けて
・デビューからアルバム「世界に捧ぐ(News of the world)」辺りまでの、前期のファン
(80年代の活動に興味ない・知らない)
・フレディの死後、CMやドラマ(とりわけI was born to love you)で聞いた、新規のファン
多分、後者には満足だったのではないかと・・・でも、映画を全て真実だと誤解しなければ良いけれど。

映画と事実の相違点は各種サイトに譲るとして、個人的に不満だったのが
①なぜ細部にわざわざフィクションを入れるのか
②なぜ85年のライブエイドをフィーチャーしたのか

の、大きく2点。

コレ、多分だけど『物語として予備知識のない観客にも理解出来るように、キレイに2時間でまとめよう』ということなのでしょうけど・・・ジョン・ディーコンが映画でも現実でもイジられ役なのは、一番年下かつ、とっかえひっかえだったベースにようやく収まった(=一番遅く加入した)メンバーだったからなのに、そこをすっ飛ばしたり。
他にも相違点は多々あるけれど、個人的に解せない、というか許せない部分があって。

映画ではフレディがHIV感染を知る→最後の恋人、ジム・ハットンと再会→ライブエイド直前にメンバーに感染の事実を伝える、という流れだったかと。
まぁ現実でも、メンバーはかなり早い段階で知らされていたそうなので、当たらずとも遠からずなのでしょうけれど、これでは『ジム・ハットンはフレディからHIV感染させられた』事実と重ね合わせると『フレディが感染の事実を隠してつき合い始めた』ように見えてしまって。
※ハットン&メアリー・オースティン曰く「死の7年前(84年?)には既に知っていた」そうです。
※※以後の生活は映画のような乱痴気騒ぎではなく「修道女のような」ものだったそうです。


ハットンが、フレディ本人には亡くなるまで感染させられた事実を隠し通したことと比べると、どうしても引っかかってしまうのよね。

そもそも、色々と悶着があったせいで撮影に時間がかかった作品ですし、無理矢理2時間にまとめようとしすぎたのかな、と言う印象があるです。
だからこそ、QUEENとフレディのハイライトのひとつである「ライブエイド」がメインに置かれたのかな、と。

映画ではフレディのソロ活動が原因とされたメンバーの不仲ですが、実際には”勤続疲労”と”音楽性の変化と不評”の2点により解散危機にあったQUEEN。
ライブエイドに思い入れがあったからこそ、映画ではあぁした演出だったのでしょうけれど、個人的には
ライブエイド以後の10年間こそがフレディとQUEENにとって重要かつドラマティックなんじゃないの?
と思わずにいられないワケですよ。

当時の世界で『エイズ禍』と呼ばれていた芸能界での感染、その象徴とされた俳優、ロック・ハドソンが亡くなったのは85年。
ライブエイドも85年。
フレディのソロアルバム、Mr・バッドガイがリリースされたのも85年。
数奇な数字、1985年。
多分、ポール・マッカートニー&ウイングスの「1985」とは何の関係もない(本当に関係ないのか・・・?)
想像でしかないのだけれど、史実とは違うと各サイト上で言われている『ライブエイド前の感染告白』は、実は事実なんじゃないか、と。
※追記/87~88年頃、ハットンに対してジョン・ディーコンが「フレディの足にアザがたくさんあるんだけど、ありゃあ何だ?」と尋ねたそうです。コレを根拠に「メンバーはまだ知らなかった」とされていますが、逆にジョンは『ジムは真実を知っているのかどうかを確認するために、遠回しに尋ねた』と考えれば、上記の説は成立するのよね。あの当時「エイズ=ホモがかかる病気」という偏った認識が一般的でしたし、メンバー全員フレディがバイであることは理解していたのだから、89年まで感染を隠し通せたとは思えないのよ。

そう考えれば
・フレディのソロアルバムのタイトルがMade in heavenからMr.Bad guyに急遽変更されたこと(縁起でもないから変えた?)
・奔放な私生活の影響?から声が出にくくなっていたフレディがライブエイドで魅せた最高のパフォーマンス(ふっきれた!?)
・ライブエイドを踏まえての、QUEEN単独でのウェンブリーライブ、そして最後の世界ツアー(かなり高額な費用がかけられたツアーでした)
・A kind of magicからThe miracleまでのインターバルは各メンバーのソロ活動のため、と言われているものの、実際は「フレディの望むことをさせるため」の時間的猶予?(オペラ歌手、モンセラート・カバリェとの共作)

なんてな動きが、一連でつながるような気がします。

恐らくはエイズ発症以後のThe Miracle~Innuendo、そしてMade in heavenセッション。
The show must go onレコーディング時のフレディの「言葉」や、彼亡き後残された3人によるMade in heavenレコーディング、ジョン・ディーコンの想い(決して、音楽業界に疲れたから引退したわけではない、と個人的には思っています)。
出来ればそこまで描いて欲しかったなー、と言うのが偽らざる心境。
せっかく『果てしなき伝説』という、原作にするのにピッタリな本もあったんだからさ。
なんならチェ・ゲバラのように2部作にするとか。

でもまぁ、録音風景や「足」の件などなど、残されたメンバーにとっても辛い思いででもあるでしょうし、一番美しい、輝いている瞬間を真空パックしたい、という心境があったとしても、それは仕方ない話ですしね・・・。
※ただ、元々フレディ役をやるはずだった人物が『メンバーの一部からは「フレディは映画序盤で殺す」提案がされていた』ため、話がこじれたとかなんとか・・・。
Posted at 2018/11/26 18:16:45 | コメント(0) | トラックバック(0) | 音楽/映画/テレビ
2018年11月15日 イイね!

もしかしたら私は大変なものを見つけてしまったかも知れない。

もしかしたら私は大変なものを見つけてしまったかも知れない。札幌ドーム関連の話は、時間がなくて書けないので、後日仕切り直し。

今日は実家にてタイヤ交換。

その際に裏手の山を見て、コレはもしや!?と思ったのですが、時間がなかったので実地検分出来ませんでしたので、来春のタイヤ交換時に登頂して確認後、しかるべき機関に相談してみようと考えています。

「人工的にも見えるほどちょうどいい、なだらかな稜線(植林痕がありますが、そのために整地されたフシはない)」「その上の平坦な土地(何故かそこは植林されず、広葉樹が生えている)」。

もしかしたらココは歴史的に重要な施設の跡地かも知れません。
と、いう話。なんの話かサッパリ?でしょうけど、ある程度確信を持ち調査した折には、またココに書き込みます。違った場合も『アレかと思ったけど違った』と書きますので。
Posted at 2018/11/15 22:55:50 | コメント(0) | トラックバック(0) | 旅行/地域

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「札幌ドームのこと。(4) http://cvw.jp/b/2026520/42256929/
何シテル?   12/02 23:01
山籠(やまごもり)です。よろしくお願いします。 2005年あたりから、ヤフオクでクルマを落札しては、シコシコと修理する(=修理に忙殺される)という、バクチ...
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