1986年、ダイハツは国産メーカーとしては最後に北米市場に進出。カリフォルニア州ロサンゼルスに現地法人『DAI』(ダイハツ・アメリカ社)を設立します。

G100シャレードは、その基幹車種としてダイハツで初めて対米輸出を前提に開発されました。
当然アメリカの路上における走行試験も実施され、1986年末にはラスベガスのホテル駐車場でテスト車両が目撃されるという事案も発生しています。(初出:ベストカー誌1987年1月26日号)

船積み用のボディーコートが剥がされておらず、ハリボテのリアゲートによるボディ形状変更などの偽装が行われていますが、ステアリングのダイハツマークは隠されておらず、見る人が見れば、もうバレバレ(笑)

比較テスト用に、2代目シャレード、価格帯の近い初代カルタス(シボレースプリント)、そして当時の北米市場で人気の最も高かったコンパクトカーであるシビックなどが持ち込まれていました。
こうしてワンダーシビックと並べると、両車が共通のコンセプトでもってデザインされていることがわかって頂けるかと思います。
それもその筈、HRA(ホンダ・アメリカスタジオ)によるワンダーシビックのオリジナルデザイン案は、G100シャレードにそっくりだったのです。(初出:NAVI誌1984年7月号)

リアエンドに向かってスロープダウンするロングルーフ、直立したハッチゲート、リアフェンダーのサーフィンラインなど、これらはシャレードのデザインが成立する過程において多大な影響を与えたものと思われます。
そんな北米シャレードの変遷を以下に纏めてみました。
●国内仕様との違い
<FRONT VIEW>
・ヘッドランプをSAE規格品に変更。
・グリル内のエンブレムを国内仕様では「CHARADE」表記から「DAIHATU」に変更(欧州/豪州も共通)
・北米仕様ならではの、サイドマーカーと5マイルバンパーも装備。
5マイルバンパーは、国内仕様でも1989年1月のマイナーチェンジ以降のモデルに採用されています。
・フェンダー部分のウィンカーも備わらず、EFIの文字入りパネルで埋められています。
<REAR VIEW>
・リアサイドマーカーは、バンパー内臓式。国内の大型バンパー仕様ではブロックオフパネルで塞がれています。
・ハッチバック車でも車名ロゴに立体エンブレムが奢られています。国内仕様では、全てステッカー処理でした。
・ハッチバック車のバックドアガーニッシュ内の文字が国内仕様の「CHARADE」表記から「DAIHATU」に変更されていました。1990yearモデル以降は国内と同じ部品になります。
<INTERIOR>

・ステアリングを法規対応品の北米専用クラッシュパッド内蔵型に変更。助手席前のダッシュボードにもクラッシュパッドを装着。
・センターコンソール内に時計のスペースを増設。
・北米仕様のお約束、マイルメーター化。
・国内3ドアがドアポケット内のノブを引き上げるタイプなのに対し、ドアトリムにドア開閉ノブが付くタイプに変更。
国内仕様でも特別仕様車の「セルジオタッキーニ」と「LAギア」は同タイプを採用しています。
・Wikipediaに“エアコンがOPでも設定されていなかった”との記述がありますが、きちんと設定ありますよ~

ブロアファンの風量が4段切り替えになるのは北米仕様のみです。
・リア3点式シートベルト&ハイマウントストップランプを装備。国内でも1991年のマイナーチェンジ以降はOP設定がありました。

国内ではビジネス仕様の廉価グレードに採用されていたダブルフォールディングタイプの可倒シートも装備されます。
外国車の大半は、yearモデル制度を採用しており、毎年秋に翌年のニューモデルが発表されるのが通例となっています。
北米仕様シャレードもその例に漏れず、初年度の1987年秋から導入が開始された仕様を、1988yearモデルと呼称しています。
●1988yearモデル

意外なことに、ダイハツの北米前略にはリーザも組み込まれており、北米市場への輸出が真剣に検討されていました。
しかし、実際に左ハンドルの試作車を作ってユーザーに対するクリニックを開催するなどをしたものの、結局は販売価格等の問題から計画は頓挫してしまいます。
その為、当初はシャレードだけが西海岸エリアに限って販売されていました。(地図で示されている赤色のエリア)
エンジンは全車一律、国内仕様のSOHC3気筒993ccをベースに、エミッション対策&メンテフリー化を狙い、電子制御燃料噴射、フルトラ化された北米市場専用のCB90型を搭載。

国内仕様に較べればパワーアップしているものの、絶対的にはアンダーパワーである為に、ATは設定されず、ミッションは5MTのみ。
メカニズムは全車共通で、装備品が異なる3つのグレードが設定されていました。
・CLS

Top of its class in basic transportation-the most affordable Charade (クラストップのベーシックな移動手段。最も手頃な価格で入手可能なシャレード)
北米市場におけるシャレードの基本となるグレード。
ベーシックグレードとはいえ、ピラーブラックアウト、熱線入り着色ガラス、給油口&リアゲートオープナーなどが標準装備され、タコメーターとリアワイパーが無い以外は国内仕様のノンターボ最上級グレードTXに近い仕様です。

当時のアメリカでは右ドアミラーの装着が義務化されておらず、CLSには装備されていません。
・CLX

The ultimate in affordable luxury (お手頃な価格で入手可能な究極のラグジュアリーカー)
CLSの装備にプラスして、カラードグリル、タコメーター、電動ミラー、リアワイパー、国内仕様のオプション設定品と同デザインのホイールキャップ、プレミアム・ダブルラッセルシート表皮の運転席、助手席アームレスト付きシートなどを装備。
・CSX

One of the worlds most affordable sporty car (世界で最も手頃な価格で入手可能なスポーティーカー)
カラードバンパー、カラードミラー、国内仕様ではオプション設定の13インチCタイプ・アルミホイールをCLXにプラスして装備。国内仕様のパッケージOP、「ファッションパック」に近い装いです。
エアコン、カセットステレオなどの充実した快適装備も標準装備。

スポーティーカーを名乗るだけのことはあり、国内仕様2型GT-XXと共通の各部調整機構が無いタイプのスポーツシートを装備しています。
1988yearモデルのカラーバリエーションは以下のとおり。

国内仕様に設定されていない「ベージュメタリック」(ゴールド)は他の仕向け地にも存在していますが、ブラウン内装は北米仕様独自の意匠です。(でも中華にはアリ)
●1989yearモデル
1989yearモデルでは、CSXが廃止され、廉価仕様のCESが追加されます。CLSから装備を省き、6000ドルを切る価格を実現しました。
CLSはピラーブラックアウトが省かれ、現地調達の汎用品と思われるホイールキャップが装着されています。
CLXは、国内特別仕様車のウィル、キサなどに装着されていたホイールキャップに変更。タコメーターが省かれており、全体的に販売価格を下げる為のコストダウンが目につきます。
そして販売現場が待ち望んでいた、モアパワー仕様の1、3リッターエンジンが追加。
既に国内仕様では1988年1月のマイナーチェンジで追加されていた、HC-E型4気筒16バルブを搭載しています。
1、3リッターエンジン搭載車には、CLSとCLXの2グレードが用意され、カラードバンパー仕様、パワーウィンド&パワードアロックのOP設定もありました。
この1,3リッター車に限って、フロントブレーキは国内仕様GT-XX、TR&CRと共通のベンチレーテッドタイプになり、3AT車も選択可能です。
1989yearモデルのカラーバリエーションは以下のとおり。

新色のブラックメタリックが追加されました。
●1990yearモデル

1990yearモデルより、対米輸出を前提に開発された第二弾のダイハツ車、フェローザ(ロッキー)を市場に投入。ようやくラインアップに充実が計られます。
シャレードにも、新たに4ドアセダン(ソシアル)が加えられました。

それと同時にグレード体系も見直しを受け、従来の廉価版CESに相当するSE、デラックス版CLSに相当するSXの2グレードに集約。
国内と同じくハッチバックは1リッター、1,3リッターの両エンジンが選択可能でしたが、4ドアセダンは1,3リッターのみの設定です。
4ドアセダンの国内仕様(ソシアル)との差違は、リアバンパーにサイドマーカーが装着されている程度でしかありません。

国内仕様でも立体エンブレムを持ち(特にSXグレードであればSOCIALの文字を除きすべて同じエンブレム)、G100シャレードで一番USDM化が容易な機種でしょう。
それと同時に、グローブBOXがクラッシュパッド内臓タイプに変更されています。
1990yearモデルのカラーバリエーションは以下のとおり。

国内仕様のソシアルには「シルバーメタリック」「ベージュメタリック」「ブラックメタリック」の3色は設定されていません。そしてブルー内装がカタログ落ちしました。
●1991yearモデル
国内仕様には、1991年1月のマイナーチェンジで採用されている、新しいデザインのグリル、テールレンズ、ホイールキャップなどの意匠を先行投入。
外装以外に大きな変更はありませんが、ハッチバックが廉価版SEグレードだけの設定となり、内装色からブラウンも削られました。
1991yearモデルのカラーバリエーションは以下のとおり。

「ベージュメタリック」がカタログ落ちするかわりに、「ターコイズメタリック」、「ダークグレイメタリック」の2色が設定されました。
●1992yearモデル
この年、深刻な販売不振からダイハツは北米市場からの撤退を決定。
北米市場における最終型となった1992yearモデルは、前年モデルと同じ仕様のものが引き続き販売されていました。

ひょっとしたら在庫車を売っていただけ?
販売不振の原因には、ダイハツというブランドの知名度の低さもさることながら、シャレードという名前自体にも問題があったと考えられます。
――「CHARADE」を英和訳すると、その意味は「偽装;こっけいな茶番」――
“おみそれしました”というニュアンスでの「喝采」を意味するアプローズという名前も大概ですが、そりゃ敬遠されるのも納得です。
そうして僅か4年足らずでシャレードの北米販売の歴史には幕が下ろされたのでした。
しかし驚くべきことに、この北米仕様シャレード。少なくとも1台は確実に日本国内に持ち込まれていると思われます。
というのも13年前の2000年、この目で滋賀県守山市を走行中の白い4ドアセダンを目撃しているのです。他の仕向け地には存在しないブラウン内装、そして左ハンドルだったので間違いないでしょう。
果たして今でも生き延びているのでしょうか?