常に余裕を持って優雅たる、上品で礼儀正しく知的な英国紳士「ジェントルマン」
そんなジェントルマンの旦那様と、日本が世界に誇る大和撫子の奥様というシチュエーション。
もしも理想の国際結婚というお題目が出されたら、間違いなく上位にランクインのナイスカップリング(笑)でしょう。
まぁ現実には、そんな軽~い小説みたいな話、そこらにホイホイ転がってはいないですよね。
ところが1980年代には、わりとありふれた光景だったんです。但し、自動車の世界限定ですが。
━━━英国の伝統と日本の技術が交差するとき、そのふざけた幻想をぶち壊すかのような魔改造が始まります━━━
<トライアンフ・アクレイム>
1970年代のイギリスにおいて、主要自動車メーカーの大部分を傘下に納めていたブリティッシュ・レイランド社(以下BL)は、慢性的に続く経営危機から、販売の主力となるべき1300cc~1800ccクラスの新型車の開発が遅れに遅れていました。
そこで、急遽ホンダとの間に「開発中の乗用車機種のうちひとつをEC内で生産し、BLブランドで販売する権利を供与する」という契約を1979年12月26日に締結します。

ホンダ車をノックダウン生産することで、自社製新型車の完成までの間、その場しのぎの埋め合わせにすることにしたのです。(本当はルノーと組みたかったのだとか)
契約に基づき、ホンダはモックアップ段階のクイントと初代バラードの2車種を提示します。
結果BLは、将来的に開発中の自社製モデルと競合せず、保守的なトライアンフ銘で旧態化したドロマイトの後継として販売することから、4ドアセダンのバラードに白羽の矢を立てました。

とっても誰かさんにクリソツなヒゲオヤジは見るに堪えないので、イカシタイヤの刑に処す。
両社の想定以上に提携事業はスムーズに進行し、調印から僅か1年半後の1981年6月には、ホンダの技術協力によって最新設備が組み込まれたオックスフォードのカウレー工場にて、BL版バラードの生産が開始されます。

日本車としては初のヨーロッパにおける現地生産であり、全体の70%にあたるボディや内装などを英国で生産、エンジン・ミッションなどのパワートレーンとサスペンションは日本から輸出されたものを組み込むという形が取られました。
そして迎えた1981年10月7日、提携話が取り沙汰されて以来「バウンティ」というコードネームで呼ばれていたBL版バラードは、称賛を意味する「アクレイム」と名付けられ、全英で正式に発売をスタート!!
しかしバラードからの変更点は、エンブレム、ドアミラー、サイドフラッシャーなど、コストと時間の都合により僅かに留まりました。
当初はBLによる独自の外装も計画されており、ヘッドライト、バンパー、グリルを新造し、当時流行していたスラントノーズ化するデザイン案が1981年1月に描かれています。

この幸薄そうな感じとか、トレディアみたいですね。
インテリアも、マイルメーターなどの細部を除けばバラードと共通となります。
唯一、同じBL内のモーリスブランドから販売されていた中型車、「イタル」からフロントシート(元々はフォード・コルチナのシート)を流用することで独自性をアピールするのみ。
エンジンは、ヨーロッパ仕様のシビックと共通となる、副燃焼室(CVCC)を持たないコンベンショナルタイプの4気筒1,335cc。

シングルキャブ60馬力のシビックに対し、ツインキャブ70馬力のアクレイム専用エンジンを搭載し、トリオマチックと呼び名を変えたホンダマチックも設定されています。
全期間を通じて、アクセサリーの違いによるグレード間の差別化が図られました。
以下は1983年にマイナーチェンジされた後期型のカタログからの抜粋です。ステアリング、シフトノブ、外装ドアハンドル、リア内装ドアハンドル、ヒーターパネル、時計などのデザインが前期型と異なります。
●L(Luxury)/HL(High Line)

BLの中でも上流に位置するトライアンフだけのことはあり、最廉価版のLグレードでもみすぼらしくはありません。
HLグレードには、ヘッドレスト付きシート、リモコンミラー、デジタル時計(前期は機械式)が装備されます。
●HLS(High Line Superior)

HLに追加して、サイドモール、ラジオ付きカセットステレオ、ハロゲンヘッドランプ、ベロア貼りシート、可等式リアシートを装備する最量販グレード。
●CD(Corps Diplomatique)

前後パワーウィンド、ヘッドランプウォッシャー、シートバックポケット付きシート、メッキバンパー、ホイールリング、 165/70タイヤなどの豪華装備を誇る最上級仕様。
ところが、本物の高級というものを知っているジェントルマンは、この程度の装備では満足されません。
そんなこともあろうかと用意されていたのが、コーチビルダー、いわゆるオーダーメイド車加装会社である「Ladbroke Avon Limited」(ラドブローク・エイボン社)製スペシャルモデルの「AVON」(エイボン)です。

いわばベンツで言うところのAMG、BMWのアルピナにあたるメーカー公認のカスタムカーとして扱われ、カタログモデルにエクストラコストを支払えば、全BLディーラーで購入することができました。
●Avon(エイボン)

コノリーレザーシート、クルミ材のウッドパネルを筆頭に、レザートップ、ツートンカラー、メッキグリルなど、グレートブリテン島の重力に魂を引かれた、古典的な英国車の世界が広がっています。

この手のカスタム車としては異例の週に25台の受注を目論んだものの、改造費用が車両価格の3分の1に近くにあたる、1365ポンド(当時の為替で約60万円)と高価であった為に購入層が限られてしまい、すぐさま需要を過大評価していたことが明らかになりました。
●Avon・Turbo(エイボン・ターボ)

エイボンの販売不振を受けて、全く新しい市場を開拓するべく、スポーティなターボ仕様が1983年に追加されました。
ギャレット製タービンをボルトオンすることで、105馬力と大幅にパワーアップされていますが、燃料供給はツインキャブのままなので、セッティングは泣きを見そう。
コテコテのジョンブルだった外装にも大きく手が入れられ、純正オプション品と同形状のフロントエアダム、リアスポイラー、専用サイドデカール、ロナール製アルミホイール、60扁平の205タイヤで武装した、筋肉ムキムキのゲルマン民族風ボーイズレーサーに変身。

これだけ力をいれておきながらも、少し足せばもう1台アクレイムが買えてしまう2990ポンド(約120万円)もするトチ狂った改造費用がネックとなり、ターボ仕様も少量の生産に留まりました。
なまじっか出来が良いだけに、その持てる力を調和と協調に使えば、こんな風にネタにされることもなかったんですけどね(笑)
このエイボン仕様の大失敗とは裏腹に、アクレイム自体は発売開始から4週間で英国国内の販売第5位を記録、好調な滑り出しをみせます。
当時のEC圏における、「現地生産比率が50%以上であれば、当該国の生産と見なす」という規定もクリアしていることから、日本車が課せられていた輸入規制も適用されず、輸出戦略車として多数の左ハンドル仕様が輸出され人気を博しました。
日本においても、アクレイムは国際企業間の新しい提携関係の形として大いに注目を集め、それを記念したバラードの特別仕様車も販売されています。
その声を反映したのか日本車(もどき)にしては珍しく、かの地でミニカーも作られているのが意外でなりません。(コーギー製・36分の1スケール)

名状しがたいダンボの耳のようなミラーがブサイクですって? そんなこと言ってる人は、オプションカタログを見て、是非ギャフンと言ってくださいまし。
ダブルミラーは伊達じゃない!!