• 車種別
  • パーツ
  • 整備手帳
  • ブログ
  • みんカラ+

家村浩明のブログ一覧

2015年02月28日 イイね!

『サーキット慕情』 vol.21 (80年代のコラムから)

◆今年のチャンプは、きっとセナ! それを予感させる、もうひとつのシルバーストン報告

四ヵ国語による四回の同じようなTVインタビューを、ほとんど同じ表情で、にこやかにこなす包容力。それも、ハードな1時間半のレーシング・ドライビングを終えた直後に、濡れたシャツを着替えもせずに──。どうやら、それができることがF1ドライバーの条件であるらしいと、ぼくはシルバーストンで、イギリスGPのモニターTV画面を感心しながら見ていた。

「四回」だからね、何といっても! ご承知の通りに、英国グランプリは雨のレースであり、汗だけじゃなくてレーシングスーツはぐっしょりのはずだし、そういえば、セナとマンセルは、オマケのように、表彰台の上で激烈な“シャンペン決闘”までやってた。

さらには、この「四回」というのは映像メディア向けのみであって、実はこの後、プレスルームにおいて、新聞や雑誌といった「紙」媒体向けのインタビューも待っている。その時だって、もちろんカメラに囲まれて、すべての表情は狙われているのであり、そういう意味ではTV以上にシビアであるかもしれない。

四ヵ国語というのは、英語とフランス語、そして(たぶんだけど笑)イタリア語とポルトガル語で、最後のブラジル向けらしいインタビューには、グージェルミンが呼ばれて加わっていた。

そして、当事者のセナやマンセル、ナニーニたちにはどうであれ、TV局にとっては、それぞれに初回のヒーロー・インタビューであるので、当然ながら、同じような質問しか発しようがない、また、それこそが視聴者へ向けてのサービスでもある。おめでとう! マシンの具合は? 雨だったけど? 今年の最高成績だね?……etc

言葉はよくわからないが、要はそういうことのはずで、そこでぼくが驚いたのは、レーシング・ドライバーたちがみな、見事に“役者”であることだった。あるいは、自分にとっては何度目かになる質問に対しても、相手にとっては初めてであることを認識しての対応をすることだった。

マンセルは、ほとんど舞い上がっているかの如くに歓びを顔面いっぱいに湛えつつ、母国グランプリで2位に入った嬉しさを、ジョークをまじえて語りつづけた。「天候が味方をしてくれたよ、やっぱりイングランドはイイところ(笑)だね!」。セナはクールに、「ハードだった」とレースを振り返り、ナニーニは初々しい歓びを、たどたどしい英語で懸命に表わした。

この時にぼくが注目していたのは、アイルトン・セナの表情とその動きだった。(もうレースは終わったんだぜ、何でいつまでもこんなことを続けなきゃいけないんだ?)……そんな風な表情のカケラを探してみたのだが、いやいや、セナ君は、ずっとずっとオトナであったね! 嫌がるような表情は一瞬たりとも見せることなく、四回プラス一回のプレス・インタビューを見事にこなした。

そういえば、アラン・プロストのこんなエピソードを話してくれたのは、カメラマンのM氏だった。プロストが昨年冬、マクラーレン+ホンダ・エンジンのテストで、鈴鹿に来た時のことだった。30分間の共同記者会見の時間を取ったので、ムッシュー・プロスト、日本人記者のために、どうかよろしく……と、ホンダ側が要請した。

これに対して、いったいプレスは何人くらい来てるんだ? とプロスト。50人は超えているという答えを得たF1レーサーは、「それじゃあ30分では足りるはずがない。1時間にしてくれないか?」と申し出たというのだ。……いい話だなァこれ、とぼくは思った。そして、F1ドライバーの「仕事」には、そういうことまで含まれているんだろうなあとも思った。

実は、この鈴鹿テスト・デイには、「プロストの日」と「セナの日」があった。プロスト・デイは、つまり、このような経緯。そしてセナ・デイは、細かい内幕は知りませぬが、煙草の煙がモウモウの行儀の悪い人々(プレス)が待つインタビュー・ルームに入ってくる際に、アイルトン・セナは、一瞬ではあったけれど、露骨にイヤーな顔をした。

それは、実際にも煙いのだから当然のリアクションかもしれなくて、そして、続くインタビューの席では、プライバシーにも踏み込むような質問にも、セナはよどみなく答を返していたのだが、ぼくにとっては、セナの顔をしかめた時のあの表情は、ちょっと忘れがたいものだった。

そんなこともあって、シルバーストンでのTVモニターをじっと見ていたのだが、繰り返しになるけれども、セナはまったくパーフェクトに、ウイナーとして質問を受けるという立場をにこやかに演じきったのである。

……あのモナコでの事件以後、セナは変わったのだという説がある。もはや、アンファン・テリブル(=恐るべきガキ)なんかじゃない、ひと皮もふた皮も剥けたのだという見方である。シルバーストンでの「勝った後」のアイルトン・セナを見ていて、ぼくはその意見を信じる気になった。セナは、もはやアンファン(=コドモ)ではない。勝ち方にも、勝利後にも、それは現われている。そのように考えるに至った。

今シーズンのチャンピオンを、ここで予想させてもらうならば、ぼくはセナだと思う。彼は、速さに加えて《何か》を獲得した。既にそういう領域にいるレーシング・ドライバーなのではないか。そしてイギリスGP以後、その事実は少しずつ明らかになっている……。

( 『レーシング・オン』 No 035 1988 October )
Posted at 2015/02/28 00:42:08 | コメント(0) | トラックバック(0) | モータースポーツ | 日記
2015年02月26日 イイね!

『サーキット慕情』 vol.19 (80年代のコラムから)

◆ビールもレースもナマがよい!? レース中継をめぐる夢と現実。テレビマン、かく語りき……

不躾なライターは、ここぞとばかりに「ソボクな疑問」と称して、自説らしきものを展開した。紳士は、黙って聞いていた。

「あのね、どうしてテレビは、レースをナマでやらないんでしょう? たとえば、技術的な何かとか、そういう困難さみたいのがナマの場合、あるんでしょうか? そうじゃないとすれば──」

「あの、結果がわかったスポーツって見てておもしろくないですよね? とくに、レースの場合、そうだと思うんです。近頃はスポーツ新聞じゃなくても、ビッグレースのリザルトは載せますしね。レースのテレビ番組を見ようっていうくらいの人は、とりわけ、たとえば一週間という間に、結果という情報に耳をふさぎ続けることは不可能です」

「プロ野球ニュースっていうの、あれ、勝ち負けがわかってて、みんな見てるじゃないかっておっしゃるかもしれないけど、でも、あれはアリなんですよ。ランディ・バースのスリーランで勝ったと仮に知ってても、それがレフトスタンドか、豪快に右中間深々なのかをこの目で見たい。こういう欲求は、ハッキリありますからね」

「レースとビールは、やっぱりナマです(笑)。いやあ、レースっていうのは、何が起こるかわかりませんねえ!……というダイゴ味も、生中継だからこそだとだと思うんですね」

紳士は、静かに答えた。その通りである。われわれ志向としては生中継であり、そのことへの技術的な問題などは、今日では何もない。問題はそこではなく「時間」にあるのだ。レースは終了時刻を予想しにくい。赤旗中断もあるし、それこそ、何が起こるかわからない。チェッカーを待てずに放送時間が終わってしまうということを、テレビとしては非常に恐れる。そういう例も、事実あったし……。

だから、リアルタイムから二時間遅れくらいで放送枠を取っておいて、一時間半なら一時間半に、きちんと編集する。その方がベターかなという判断である。もちろん、ナマの魅力は十分に承知しているが──。

だがライターは、さらに喋りまくる。

「じゃあ、もうひとつ。どうして、予選をやらないんでしょう? たいていテレビって、いきなりスタートしちゃいますよね。でも予選って、素人にはわかりにくい部分もあるけど、でも、ドラマチックだと思うんです。また、わかりにくいからこそ、媒体側がその流れなりドライバーの表情なりを追って、たとえば15分くらいに、ポールポジションへのドラマをまとめて見せてあげる」

「あの、いまのレース中継って、クルマが超高速で走るという、見た目のスペクタクルを追うことに頼りすぎてると思うんですね。凄いことが行なわれているところにカメラを持ち込んで、とにかく見せるんだ、と──」

「でも、そんなに都合よくスピンとかクラッシュとか起こらないし、淡々とした展開のレースだってあるし。それよりも、レースの“構造”というか、高度なチームプレイであるんだとか、レースのそういう部分を見せていかないと、おもしろく見てもらえないんじゃないでしょうか。野球だと、たとえば監督の表情なんか見せますよね。あ、古葉が怒ってるぞ、とか。そういうの、おもしろいですよね?」

紳士は、穏やかに微笑む。スポーツ番組の考え方として、われわれに二種ある。臨場感というか現場の空気を、そのままダイレクトに、テレビという媒体性を活かして贈るもの、つまり現場中継。もうひとつは、ドキュメンタリーとして、構成的に番組を作る。そういう捉え方──。いま、圧倒的に行なわれているレース中継番組の方法は前者なんだけれども、ウム、ドキュメンタリー的な作り方も、言われるように、時には必要かもしれないですね。

ようやくライターは、軽いコーフン(?)から醒めたのか、言い訳がましく言葉を継いだ。「どうも……。視聴者というのは、勝手なことをいろいろ言うもんでして」

いやいや、そういう風にいろいろ言っていただいた方が、われわれとしても嬉しいんですよ。どうしてもね……、あの、レースだけやってるわけじゃなくて、ゴルフもやれば、野球もやる。そういう実情なんで。レースをどう見せるかというより、ともかく現場へってことになりがちなんで、こういうお話しはありがたいです、ほんとに……。

TBSテレビ本部スポーツ部のKJ氏。これが不躾なライターの質問に、ていねいな答を返してくれた紳士の名である。

( 『レーシング・オン』No 029 1988 July )

○2015年のための、あとがき的メモ
レース誌の中の1ページに、専門家目線でなくていいからという編集側からの意向を受けて、こんなコラムを書いていた時期がありました。総合タイトルの「サーキット慕情」というのは、当時もいまも意味不明ですが(笑)書き手としては、実は秘かに気に入っていました。

80年代当時は「紙」の時代であり、掲載誌にしても元原稿にしても「紙」そのものが残ってないと、webでの再現はできません。書いたものの多くは手許になく、取りあえず本稿も含めて三本だけですが、ある視点からのレース・コラムとして読んでいただくことに致しました。
Posted at 2015/02/27 00:05:59 | コメント(0) | トラックバック(0) | モータースポーツ | 日記
2015年02月25日 イイね!

グローバル・フェイス、アプローズに贈る第三世界的喝采

グローバル・フェイス、アプローズに贈る第三世界的喝采§日付けのある Car コラム
§『アクション・ジャーナル』selection

このクルマのスタイリングには、実は発表時から注目していた。というのは、とても「グローバル」なかたちとディテールに見え、そのパッケージングに「地球的」なものを感じていたからである。

つまり、ヨーロッパ的でもなく日本的でもなく、アメリカンではさらにない。もし、あえて地域名を挙げれば、アジア、あるいはインド亜大陸、さらに中近東。そのような街と、その空気と、その暑さにするりと溶け込む。そのようなイメージである。

もちろん、これは非常に感心しているのだ。何も狭くて限界のある日欧米マーケットにこだわることはない。それ以外の広大な世界にこそ、クルマ市場としての未来がある。そのような意味をこめての評価である。

少々眠たそうな眼。光りもののない落ち着き。おとなしい3ボックス・フォルムとしてクルマの基本を押さえつつ、実はテールゲートを持つという実用性への配慮ぶり。当然の4枚ドア。まずは何より、一台の乗用車がほしい!という、いわば発展途上のマーケットにも、まことに合いそう──。こんな印象だった。

作り手のダイハツに、そのへんまでの意図があったかどうかはともかく、アプローズというクルマを日本の路上に引き出してみると、その“非・爛熟”ぶりが新鮮に映る。まあ、それほどに、われわれのクルマを見る視線が「クラウン~マークⅡ的世界」に馴らされてしまっているのかもしれない。そんなことも考えさせるアプローズの佇まいである。

走らせてみると、これがなかなか爽快だ。「過不足ない」という言葉を、良好なまとまりを示すという積極的な意味に受け取ってほしいが、パワーと足まわり、各種の操作性、ハンドリングまで含めて、すべてがナチュラル・フィーリングの快さがある。

シートもたっぷりと大きく、硬すぎず、柔らかすぎない。乗り心地はフワついていないが、しかし滑らかである。試乗車は、シリーズ中唯一の4WD版である「16Zi」だが、4WD的なクセを見事に取り除いたハンドリングの仕上げになっていた。ボディや足まわりの剛性感、安心感も高い。

ススみ過ぎた(?)ニッポンのマーケットでは、このような“内実のある平凡さ”は黙殺されてしまうのかもしれないが、それなら、それでいいのではないか。ダイハツ・アプローズは、グローバルなマーケットに逞しく飛び出せばいいのだ。

実際、乗りながら、クルマってこれでいいんじゃないかと思うことが何度もあった。良くできたスポーティカーは、たしかに愉しい。しかし、こういうクルマと穏やかに暮らす……それもまた、クルマの重要な側面であり、ニーズであろう。

ダイハツ・アプローズに喝采する! 

(1989/10/17)

○89年末単行本化の際に、書き手自身が付けた注釈
アプローズ(89年7月~  )
◆「クルマは、これでいい」、このクルマを見て、ヨーロッパ人ならこう思うのではないか。彼らはクルマというものに、ある限定を設けている。あるいは、自分(と自分の階級)にとってのクルマは、コレコレでよいのだという認識と諦念がある。一方われわれと、そしてわれわれのメーカーは、そのようには諦めない。クルマは、どのようにもなれるのではないか、もっとナニナニであっていいのではないか……。ぼくは、この後者の方に、これからも付き合っていこうと思っている。日本人として、見届けたいと思っている。
Posted at 2015/02/25 20:29:21 | コメント(0) | トラックバック(0) | 80年代こんなコラムを | 日記
2015年02月25日 イイね!

『サーキット慕情』 vol.20 (80年代のコラムから)

◆“水もの”の極みであるはずの「レース」で勝ちつづける、マクラーレンって何なんだ?

「勝ち負けになる」という表現が、レーシング・フィールドではしばしば使われる。勝負になるとか、トップ争いができるとかいった意味なのだが、「調子? ええよ。今回は勝ち負けやね!」てな具合に用いられる。

そういえば、ドライバーはあまりこの表現を使わないような気がするが、それは彼らがあまりにも「勝負」の当事者でありすぎるからだろうし、「負け」という語を発するのもイヤなんだろうね……? そう、「勝てるとこへは、来てますけどね」というのがドライバー的な言い方かもしれない。

勝ち負けする、勝てるとこに、勝てる時──。要するにみな同じだが、まずはそういうレベルにまで達すること。これだけで一大事業である。チーム、ドライバー、マシン、メカニック、パワーユニット、タイヤ。あるいはスポンサー、闘うためのノウハウ……。関西風の表現では、これらを「コマ」というようだが、つまり、条件=コマが揃って、はじめて「勝ち負け」できる地平の端っこあたりに到達できるのだ。

そして、この「コマ」の中には、いくつもの“ナマもの”が入っている。タイヤ、エンジンなどだが、もうひとつ、本当のナマというか、ドライバー自身、その日の調子というようなファクターもある。さらには、レースは野外競技であるから、自然環境という係数がこれに掛かる。雨になった途端に、重要なコマの一つが欠けてしまうチームだとすれば、もう「勝ち負け」はできなくなるということだ。

加えて、厄介だなと思うのは、この「コマ」というのは、ぼくの想像ではあるけれど、カネ出せば買っちまえるかというと、どうもそうじゃないだろうと思われること。並外れた情熱とか闘志とか、チームの有機体としての働きとか、そのような意味での“ナマもの”も、この「コマ」のうちにはあるはずで、これらは簡単には手に入れることのできないものだと思う。

さらには、政治力とかヒューマン・リレーションの問題とか、まあ、ちょっとよくはワカリマセヌけれども、そういうのもカネで何とかなる問題ではなさそうで、しかしながらこれらもまた、「コマ」として何らかの作用をしそうである。

……というわけで、「条件」が揃うということが、どれほどタイヘンなことかが何とか見えてきた。ただし、ここ(勝ち負け)にまで到達し得ても、それは勝利への「有資格者」になった、そのうちのワン・オブ・ゼムに名を連ねたということに過ぎないのである。

そのような「有資格者」たち──“勝ち負けできる”までに達したいくつかのチームとドライバーが、予選という闘いを行ない、日曜日の決勝レースで何十周かのバトルをして、勝者を決める。クォリファイでもむろん勝負はあり、そしてタイムを出すには幸運も必要だろう。そしてレースが始まれば、スタート、展開、ライバルの動き、ミスの有無、そしてセッティングやタイヤや作戦など、さまざまな選択は正しかったかどうかが試される。

数え切れない《もし》《たら》《れば》……の関門と障害を乗り越えることができた、あるいは、最も巧みにそれらをくぐり抜けることができたドライバーとチームだけが「勝利者」と呼ばれる。それはサバイバル・ゲームであると同時に、「運」をどれだけ引きつけておけたかというバトルでもあるはずだ。

レースを終えた勝者が、もし「ラッキーだった……」と言ったとしても、ラッキーでさえあればレースに勝てるということではない。それは幸福な誤解であり、偶然の勝ちというのは、レースでは起こり得ない。

GC第三戦・富士で、和田孝夫が、ファイナル・ラップの1コーナーで逆転するという劇的な勝利を飾った。だが、シャンパンを抜いてから10分後、冷静さを取り戻した和田は、この逆転について、「何であそこで、リースはインを開けたのかな? もし、ガチガチにインを閉められていたら、抜けなかった。2位だったよね……」と、むしろフシギそうに、自身の勝利への展開を振り返った。

この日、このたったひとつの「もし」が、和田に今年の初勝利をもたらしたわけだが、言い換えれば、このラストでの幸運がなければ、和田孝夫は勝っていなかったということでもある。だが、あの日は、和田に《何か》が味方をした。あるいは、ル・マン24時間では、ジャガーがそうだった。ナンバー17のワークス・ポルシェが、もし、ガス欠しなかったら……? 

勝者と敗者を決めるのは、最後の最後では、ほんの些細な「もし」であることがある。そして、そこに至るまでには、絶望的なまでの努力と蓄積と熱情が要る。その遠い距離を縮めていったその先に、さらにサムシングも要る。

レースに勝利するとは、このように、すべてが欠けることなく展開してはじめて訪れる一種の至福の状態、ある“頂点”を捉まえるための「出会い」でもあるように、ぼくはイメージしている。それほどに、ウイナーたることというのは、容易ではない。

1988年、6回のF1グランプリが既に行なわれた。そして、そのすべてのレースにおいて勝ちを収めたマクラーレンというチームは、こうして見ると、グレートであるというより、もはや神秘に近いのではないか。極めつけのチームが、極めつけのドライバー二人(注1)を持ち、F1史上最強といってもいいエンジン・サプライヤーと組んでいるとはいえ、このようなリザルトを残せるのは凄いというしかない。

勝てる時に、きっちり勝つ……とは、易しくはないのだ。今年のF1は、そのような意味で、一種異様なおもしろさがあると、ぼくは思う。

( 『レーシング・オン』No.031 1988年 August )

○注1:この年のマクラーレンの「二人」とは、あのアイルトン・セナとアラン・プロスト。エンジン・サプライヤーはホンダ。
Posted at 2015/02/25 06:31:43 | コメント(0) | トラックバック(0) | 80年代こんなコラムを | 日記
2015年02月23日 イイね!

素晴らしき父とその娘 ~ 映画『アラバマ物語』 《11》

その11 「ヤツは自分で、ナイフの上に転んだ」

“小さな誰か”を両手で抱えた長身の男がフィンチ家に入って行った。それを見たスカウトは、自宅に向かって駆け出した。物音を聞いたか、家から父アティカスが外に出て来た。「スカウト!」と娘を抱き上げる父。「何があったんだ?」

家に入ったスカウトは、ベッドで、ジェムが死んだように眠っているのを見た。父アティカスは、医師と保安官に電話で連絡を取る。往診に来た医師レイノルズは、ジェムを診て、「ひどい骨折だ。腕を引きちぎろうとしている……」と言った。

保安官のテートが、フィンチ宅に入って来た。手にしているのは、スカウトを護ったハロウィンの“着ぐるみハム”だ。そして保安官は、家の中を慎重に(捜査官の目で)見回している。フィンチ、ジェム、そしてスカウトがいるのを確認した保安官。そのただならぬ様子に、フィンチが気づく。
アティカス「何があったんだ?」
保安官「現場に、ユーウェルが横っ腹を刺されて横たわっていた」「死んだよ。ヤツはもう、子どもたちに何もできない」

保安官は少女から事情を聴取する。「ミス・スカウト、何があったのか話してくれないか」。スカウトは「わからないの……」と前置きしながら、語り始めた。

スカウト「突然、誰かが掴みかかってきて、倒されたの」「たぶんユーウェルさんだと思うけど、ジェムも掴みかかられて、叫んでいた」「そして、私を襲おうとした……のは、ユーウェルさんかな?」
「でも、今度は(別の)誰かがユーウェルさんを捉まえて……」「そして、呻き声がして……」「その後で、誰かがジェムを抱いて……」
保安官「それは誰だ?」

この時スカウトは、その部屋にいる“もう一人”を見ていた。ドアの蔭、少し暗くなっているところに、大きな男が立っている。スカウトの視線に気づいた保安官が、ドアを少し動かして、そのへんを明るくしようとすると、“その人”は怯えたように後ずさりした。スカウトは、じっと“その人”を見つめ、微笑んで言った。「ブーよね?」( Hey, Boo. )

父アティカスが声をかけて来た。「ミス・ジーン・ルイーズ、アーサー・ラドリーさんだ。お前を、よく知ってるようだ」。微笑むスカウト、アーサー・ラドリーも少しだけ笑った。

しかし父は“ブー”よりも、もっと気になることがあるようだ。保安官に声をかけ、二人は外のポーチに出て行った。

部屋の中は“ブー”(アーサー)とスカウトの二人だけになった。スカウトが“ブー”に近寄っていく。「ジェムに、おやすみ(グッドナイト)を言う? ミスター・アーサー?」。言いながら、スカウトが手を差し出した。アーサーは部屋の隅から出て来て、ベッドに近づく。「眠ってるから、いまなら、触っても平気」とスカウト。“ブー”はジェムの頬に、そっと手を触れた。

手をつなぐスカウトと“ブー”=アーサー。二人は、部屋の外へ出た。ポーチには、父と保安官がいる。アーサーとスカウトの二人は、スイング(ぶらんこ椅子)に並んで座った。

父アティカスが言っている。「私は気が動転している……。ジェムは何歳だ? 12か13か」「どちらにしても、裁判になるだろう。正当防衛は明白だが……」「まず、署に行って」──

しかし、そんな弁護士アティカスに、保安官テートは言った。「ミスター・フィンチ、息子さんがユーウェルを殺したと?」「いや、息子さんじゃない」
言いながら、保安官はアーサーを見た。スカウトもまた、“ブー”の顔を見た。そしてシェリフは言った、「ユーウェルは、自分からナイフの上に転んだ」。

保安官「無実の黒人が死んだんだ。誰かがその責任は取らねばならない。これは報いなんだ」
「あんたは、真実を公表しろと言うだろう。だが、そうしたら、どうなる?」「あんたと町を救った男が衆目に曝される。このシャイな人物を、人前に引きずり出すことになる」「それこそ罪だ。私には、できない」

そして保安官テートは、静かに付け加えた。
「私は優秀ではないが、この郡(カウンティ)の保安官(シェリフ)だ」
「ボブ・ユーウェルは、自分で、ナイフの上に転んだ。そして、死んだんだ」

(つづく)
Posted at 2015/02/23 12:03:05 | コメント(0) | トラックバック(0) | クルマから映画を見る | 日記
スペシャルブログ 自動車評論家&著名人の本音

プロフィール

「【 20世紀 J-Car select 】vol.14 スカイラインGT S-54 http://cvw.jp/b/2106389/39179052/
何シテル?   01/15 10:59
家村浩明です、どうぞよろしく。 クルマとその世界への関心から、いろいろ文章を書いてきました。 「クルマは多面体の鏡である」なんて、最初の本の前書きに...
みんカラ新規会員登録

ユーザー内検索

<< 2015/2 >>

1 2 3 45 67
89 1011 1213 14
15 16 1718 19 2021
22 2324 25 2627 28

愛車一覧

スバル R1 スバル R1
スバル R1に乗っています。デビュー時から、これは21世紀の“テントウムシ”だと思ってい ...
ヘルプ利用規約サイトマップ
© LY Corporation