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ミスターどうでしょうのブログ一覧

2015年09月06日 イイね!

列島車中泊リベンジ ~第24夜~

岡山県玉野市で24夜。
今日は兵庫県から本州を横断、日本海側へのルートを行こうと思う。
そのまま北上を続け、北海道行きのフェリーの出る青森市を目指してゆく。

天気は曇りでスタート。もう少しで降り出すだろう。

国道2号に戻り、岡山市内に進む。

午前11:14 岡山県 岡山市 後楽園

市内にある日本庭園、“後楽園”。
江戸時代、岡山2代目藩主の池田綱政によって造られた庭園。1700年に完成。


当初は藩主の好みで田んぼや畑があったらしい。5代目藩主の治政の時代に経費削減のため、芝生に変わっていった。当時、藩が財政難だったようだ。どの時代も似たようなもんなんだね(笑)

戦時中も食糧事情悪化のために芝生に畑を整備し、イモを作っていた。

“唯心山”から見た後楽園。東京ドーム3個分の面積だ。東京ドームを見たことないから知らないけど。


“花葉の池”は蓮の花が夏に見頃を迎える。ちょっと早いのか蕾ばかり。

お隣さんはバズーカ砲みたいな高そうなカメラで写真撮影。スマホ片手にお気楽で撮ってる自分が恥ずかしくなった・・・

“延養亭”は藩主の静養や賓客の接待に使われた。後楽園で最も重要な建物も昭和20年に空襲で岡山城もろとも焼失してしまった。


岡山城が庭園を見守るように建っている。
園内の建造物も全て作り直され、本来の姿を取り戻した。


顔に冷たい雫。やはり降った。池にも波紋がポツポツと。


午後1:44 姫路バイパス

中国地方にお別れを告げ、この旅2度目の近畿地方・兵庫県へ向かう。


この車窓も何度お送りしただろう?マニアには堪らないだろうけど。
CSの専門チャンネルでこんな番組ありそう。


午後2:47 兵庫県 姫路市

町のシンボル、“姫路城”
そうだそうだ、去年は改修工事の最中で足場で囲まれてたんだっけ。


別名の“白鷺城”の名に恥じない白さとなった!「城」だけにね・・・ ハハ・・・
瓦の繋ぎ目にも白漆喰を使うためこんなにも白いのだ。5年間に及ぶ大改修だった。

補修前、屋根が黒ずんで見えていた正体は漆喰に生えた「カビ」である。
白漆喰は通常、1年ほどでカビが生えてくるが、今回の大改修で防カビ剤が塗布されたので3~5年は白さをキープできるという。

姫路城は力強さよりも美しさを誇示するため、白くされたともいわれる。白は膨張色なので美しいだけでなく、建造物自体が大きく見えるので権威を象徴する狙いもあるようだ。

実は建物の中には入っていない・・・
「ここまで来といてかい?」とツッコまれるかも知れない。しかし、チケット売り場から人でごった返しておりまして・・・ 相当な時間がかかりそうなので今回はパスした次第。

再オープンからまだ3ヵ月ちょっと。無理もなかった。
城内見学はいつかほとぼりが冷めてから拝ませてもらうとしよう。

午後7:38 現在地不明

今日中には本州横断を完了させる。京都府宮津方面へは山中を突っ切る。
対向車もロクに来ない非常に寂しげな道。ここでナビが壊れようものなら完全に迷子。

食事は王将でラーメンと餃子と炒飯。もう栄養バランスは全く考慮せず。

その後はコインランドリーで洗濯を済ませた。やっとキレイなパンツが穿ける!ありったけのパンツを持ってきたが、さすがに家まではもたなかった。汚ね。

京都府与謝野町まで来て今日は終わり。
寝ようと横になろうとしたら、何やら外がピカピカ光っている。

パトカーだった。
「やば、職質?」と一瞬緊張が走ったが、駐車場をグル~ッと見回して出て行った。何もしてないのに警察来るとドキッとするのはどうして?ホントに何もしていない。強いて言えば小学校の時に友達からスーファミソフト借りパクしたぐらいで・・・

《本日の走行》
岡山県玉野市 道の駅みやま公園 → 京都府与謝野町 道の駅 シルクのまち かや
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Posted at 2015/09/07 02:04:19 | コメント(1) | トラックバック(0) | 旅行/地域
2015年09月04日 イイね!

列島車中泊リベンジ ~第23夜~

回線繋がった!
今日は第23夜、広島県から。北海道まで2000kmを切る。カウントダウンが迫ってきた。

本日も良い(良過ぎる)陽気だ。日焼けが進む。
一昨日、お風呂で改めて体を見回すと日焼けがひどい!服やサンダルの跡がくっきり。運転席に居ると特に右側ばかり焼ける。非常に黒い。家着いた頃には“たいめいけんのあの人”並になってるかもしれん・・・
それと虫刺されもそこかしこ。数え切れないほど腫れている。虫除けは持ってるものの、それをする前に寝落ちするのもしばしばだった。多分そこでやられている。痒すぎ!

さて、ここ竹原市は「安芸の小京都」と呼ばれ、屋敷や寺院等の古き良き街並みを見ることが出来る。
この「小京都」というワード、「全国京都会議」なるものがあり・・・
①「京都に似た自然景観や町並み」
②「京都との歴史的なつながり」
③「伝統的な産業や芸能がある」
のいずれかが該当すれば名乗ることができるらしい。前に「アド街」でやっていた。

駐車場は道の駅のを使うと良い。何と竹原市観光協会公認!徒歩ですぐ“町並み保存地区”へアクセス可。周辺には道の駅臨時駐車場や有料ではあるがコインPも完備している。

このアニメ作品の舞台にもなっている。
でもこの作品は見てなかったので私も詳しくは知らなかった。今度見てみようかな。


でも作品にこの写真屋さんが登場したのは知っている。前に「アド街」でやっていた。←2回目
写真の「写」の字がいかにも歴史を感じる。

「アド街」は毎週録画して欠かさず見てたりする。とても面白い番組。「おまっとさんでした!」はもう聞けないけど・・・ ご冥福をお祈りします。

「弥生」、「昭和」、「原始」の次は「江戸・明治時代」へとやってきた。気分はド○えもん。


「ニッカウヰスキー」の創業者、竹鶴政孝の生家。連続テレビ小説で話題になったのは記憶に新しい。

北海道余市町にも縁が深いので、道の駅では広島なのに余市町のお土産が売っている。
ちなみに私はアルコールは嗜まない。考えてみればお酒ってちゃんと飲んだことないなぁ。

“初代郵便局跡”
ポストは当時のものを模してある。オブジェではなく、投函すればちゃんと届く。

ポストの色は黒。事業開始当初は「郵便箱」を「垂便箱」(たれべんばこ)と勘違いし、箱に「用を足す」人が多発したこと、当時の街灯のない夜道では目立たないのが理由で現在の赤になったとか。今では考えられないエピソード。

曲がり角の度にワクワクしてくる。
そう感じるのは「この先はどうなっているのか?」と人間の心理としてあるらしい。


一角に置いてあったカート。歴史ある町だけに尚更目立っていた。個人の所有物?


町並み保存地区の高台に位置する“西方寺”


その隣に建っているのは“普明閣”。
宝暦8年(1758)建築。京都の清水寺を意識して造られてあるそう。


そこからは竹原の町を見下ろすせる。何とものどかな時間が流れている。


道の駅に戻り、休憩していると1枚のポスターが目に止まった。それは“大久野島”の観光案内だった。
ドキュメント番組で「毒ガス製造をしていた島」と耳にしたことがあり、興味深かったので行ってみることにした。
道の駅から約10km、フェリー乗り場へと移動。

午後0:46 竹原市 忠海港

港に到着。船の往復チケット購入、大人往復620円。
カーフェリーでクルマで上陸だけは可能だが、島内は自動車走行禁止である。


午後1:30 忠海港 出港

遊覧船とカーフェリーが交互に出ている。遊覧船はすぐに定員に達するので早めに並んでおくのが無難。


海風が心地良い。


島が近づいてきたようだ。


12分で大久野島に着岸。徒歩で島を周る(レンタサイクルも有)。
1時間ほどで島を一周できる。


ウサギ達の楽園でもある。別名は“ウサギ島”。


かつて小学校で飼われたいた8羽のウサギが野生化、繁殖し現在は700羽ほどが生息している。
餌を貰えると思い、人が来ると近づいてくる。すまん、餌持ってないのよ・・・


そんなこの島も昔は毒ガス工場や要塞として使われていた。
戦争の「負の遺産」が随所に見られる。

実際に使われた毒ガス製造の器具。
当時、製造に従事していた人の心中はどのようなものだったのだろう?

従事者には後遺症として肺炎や呼吸器系の癌になる人がたくさんいたという。

“毒ガス貯蔵庫”があちらこちらに存在。

大久野島で製造された毒ガス総量は6,616t。戦後はGHQや政府が焼却や島内埋没、海洋投棄で処理をした。イペリットガス、ルイサイトガスなど非常に毒性の強いものだった。島の地下の土壌では今でも高濃度の砒素が残留しているそうである。
もちろん除毒作業はされているが、むやみやたらに遺構の壁などに触れないほうがいいかも知れない。

島で最大の規模、“長浦貯蔵庫跡”

直径4m、高さ11mの巨大なタンクが6つ置かれていた。タンクひとつは85tの容量だった。
内部壁面が黒く変色しているのは、火炎放射器で毒ガスを焼却処分した跡。

“北部砲台跡”
ガス工場のできる前、島は「芸予要塞」の一角だったため砲台跡も残る。24cm砲と12cm砲がそれぞれ4つ置かれた。


ガス製造が始まるとガスタンクを保管していた。台座部分が現存。


要塞時代に使われた“火薬庫跡”
壁面に黄色い部分があるが「MAG1」とある。朝鮮戦争時、米軍が使用し描いたもの。「MAG」は「MAGAZINE」の略、弾倉という意味。

また、屋根はトタンの簡素な造りに。万が一、爆発事故が起きても爆風を逃がすことができるようになっている。

“発電所跡”
工場稼動に必要な電気をディーゼル発電していた。


窓ガラスは全て割れ、異様な雰囲気。

以前は中を見学できたようが、現在は崩落の危険があるため柵がある。よく見ると内部に落書きが見えた。

発電所入り口は堡塁にトンネルが掘られている。
壁には「MAG2」の文字。さっきと同じく米軍が書いたもので、発電所の後は火薬庫として使ったそう。


“要塞時代の桟橋”はガス工場稼動後はほとんど使われなくなった。
ガス生産は陸軍が秘密で行っていたので、本州本土から丸見えのこの桟橋は都合が悪かった。発電所を堡塁で囲ったのも目隠しのため。

大久野島は「地図から消された島」としても有名。

午後4:29 忠海行きフェリー

さて、自分もその本土に戻るとしよう。
大久野島か・・・ 歴史の知識がまたひとつ。ここは是非行くべきだと思った。

クルマは臨時駐車場に停めている。警備員さんに「5時に閉めるからそれまでに戻って」と言われていた。忠海着が16:42、クルマまで歩いて10分くらいだからけっこうギリギリ・・・

午後16:42 竹原市 忠海港

実はこのひとつ前の遊覧船に乗るつもりが定員オーバーで乗れなかったのだ。少し焦ったかな(笑)

その臨時駐車場というのはジャムで有名な「アオハタ」本社の社員駐車場である。
本社が休みの日は観光客用に開放しているみたいだ。偶然この日は日曜日。ツイている!

午後5:26 国道2号線

岡山方面へ。夕食は久々に回転寿司にした。やっぱりパンより米。日本の誇りだ。


岡山県玉野市を寝床に決め、道の駅に走った。
前回と同じ駅、駐車位置も全く同じ。まさにリベンジ。


それでは、おやすみなさい・・・

《本日の移動》
広島県竹原市 道の駅たけはら → 岡山県玉野市 道の駅みやま公園

                                                       第24夜へ
Posted at 2015/09/06 01:51:00 | コメント(2) | トラックバック(0) | 旅行/地域
2015年08月31日 イイね!

列島車中泊リベンジ ~第22夜~

起床は8:30。この頃、7時台に起きれなくなってきた。
今日は道の駅じゃないので顔を洗えない。目を覚まさせる意味でもそうしたいが我慢。

九州とは本日でお別れをし、関門海峡から11日振りの本州。
関門トンネルの九州側、門司区まで移動を開始する。

午前9:35 福岡県 北九州市 門司区

料金所で通行料を支払う。普通車200円、軽は100円。ETCは不可、注意!
本州、九州様々な地名のナンバーが入り乱れる。


トンネル入り口。ふぐが口を開け、車列が吸い込まれる。


海底で県境、山口県は下関市。

カーナビからも「山口県に入りました。」とアナウンス。
自分の使っているモデルは県境アナウンス機能がないはずなのに、ここだけは例外みたい。滅多に聞けない激レアアナウンス。

下関からのルートは瀬戸内海側を選択。ある程度進んだら日本海へシフトしようと思う。
島根、鳥取スマン!!

午前11:24 山口県 美祢市 秋芳洞

美祢市が誇る特別天然記念物“秋吉洞”。
4日目に訪れた岩手県の“龍泉洞”と「日本三大鍾乳洞」のひとつとなる。入場料1200円。

また駐車場の話だが、民間駐車場の人が「ここに停めれ~」と手招きしてくるが無料のやつがあるのでそちらを利用したい。時間に余裕のある場合、観光地周辺を少し流すのがいいと思う。

“百枚皿”は秋吉洞の成形物では一番新しいものとされている。実際は500枚以上の皿(リムストーン)がある。


“傘づくし”。奇妙な形のつらら石の大群。

洞内を照らす照明器具は全て発光ダイオード(LED)が使われる。何万年もの時を経てできた秋吉洞も時代の流れが波及している。

洞内最大の石筍、“広庭(洞内富士)”
上から流れた石灰分と土があたかも富士山のように堆積した。まぁ今回、本物のフジヤマは見れなかったが。


昔、理科か何かの教科書で見た“大松茸”。この洞窟にあると初めて知った。
表面がテカテカに磨かれ、何かエロい(笑)


上からの鍾乳石、下からの石筍が繋がった“大黒柱”。


岩の隙間からの地下水が流れできた“黄金柱”は自然が作った芸術品。
その巨大さから、洞内でも圧倒的存在感を誇る。一部分が黒く変色している所があり、そこはコウモリのフンが堆積したもの。衣服に付いたら落ちないと思われ。


洞窟を歩くこと約1km、反対側の黒谷口へと繋がる。見学範囲はここまでだが、全体は8kmを超える長大な鍾乳洞ある。一昨日は佐賀と長崎で人類の歴史を感じたが、山口では地球の歴史を目の当たりした。

外へ出るといつの間にか雨が降っていた。降らんだろうと傘は置いてきてしまった。黒谷口からクルマまで2kmもある。もう一度洞窟に入りクルマへ戻った。チケット見せれば再入場可能。

岩国市まで移動してきた。2年連続の“錦帯橋”。


午後18:43 広島県 廿日市市 厳島付近

“安芸の宮島”は今年はスルーしたが、瀬戸内海は他にも無数の島が浮かんでいる。今年もどこかへは行ってみたいがよさげなトコは見つかるかな?


間もなくR2、西広島バイパス。昨年と同じルート、同じ方向。う~ん、懐かしい。
前に泊まったサービスエリアを通り過ぎ、広島市を抜け・・・

午後7:55 広島県 呉市

造船で有名な呉市へ入る。食料を買い込み夕食、イートインがあったのでそこで。電子レンジの存在がこんなに有難く感じたことはない。ご飯が温かい!
電気と言えば電気シェーバーの電池が空になった。満タンには8時間かかる。クルマではそれすら満足に充電できない。普段、何不自由なく暮らしている自分への戒めにもなるのがこの旅。

竹原市まで来たところで走行を終える。出来てからあまり経ってなさそうなキレイな道の駅。
トイレも駅内部にあって虫の脅威はない。「ポケット蜘蛛事件」以来、その辺は超神経質。

では、今回はここまで!ほぼ洞窟しか紹介できてないが・・・
「第23夜」も併記しようとしたけど、それだと今度は長文になりそうなのでやめておくことに。

《本日の移動》
福岡県北九州市 24時間営業のスーパー → 広島県竹原市 道の駅たけはら

                                                       第23夜へ
Posted at 2015/09/01 01:04:44 | コメント(0) | トラックバック(0) | 旅行/地域
2015年08月29日 イイね!

列島車中泊リベンジ ~第21夜~

人気(ひとけ)がなくてよく寝れた21夜。
少し心細いくらいの静けさだった。泊まっているのはおろか、トイレに来る人すらいなかった。

駅は海岸の高台にある。快晴時はここから五島列島も望める。

朝食摂ってプレオも走行モードへ。
泊まる時は端っこへ停めるのが吉。隣を気にせず開け閉めできるでしょう?と、細やかな工夫をしてたりする。

まずは長崎を更に北部へ。東彼杵半島、佐世保方面。

何やらユニークな橋である。

西海パールラインの“新西海橋”だ。東彼杵半島と佐世保を連絡している。
針尾瀬戸・・・自分も初耳だが「日本三大急潮」の一。車道真下は歩行者専用になっていて徒歩で渡れる。

ガラス窓から渦潮を眺められる。キズだらけ!

この橋は映画「釣りバカ日誌」のロケに使われたそう。(当時は架橋中)
近くには「真珠湾攻撃」指令を発信した、“針尾送信所”もある。

小さい渦がいくつか見えた。大村湾はここ針尾瀬戸(幅180m)と早岐瀬戸(10m)でしか外海と繋がっていない。向こう側は並行する国道202号線、“西海橋”。クルマで走ったのはあちら。


そんなトコに居たら轢かれちまうぜ?


午前11:51 長崎県 佐世保市

長崎県第2の都市、佐世保市。長崎市民と佐世保市民はイガみ合ってるって話はホント?

自分も北海道第2都市の生まれだけど、仲が悪いとは思わない。おぉ?仲良くいこうぜ?同じ県なんだから!

佐世保と言えば泣く子も黙るほど有名な「佐世保バーガー」。
市内に様々な店舗がある中、私は“ミサロッソ”というお店をチョイス。店内は激混み、テイクアウトする。ナンバーを伝えるとクルマまで持ってきてくれる。親切。


「ダブルミサバーガー」を発注。具が重くて下にいっちゃった。撮影失敗。

「佐世保バーガー」という特定のモノはなく、佐世保市内の店で注文を受けてから作るハンバーガー全体を指すらしい。具材や味付けは個々の自由である。
自分にとってハンバーガーは「ご飯」ではなく「おやつ」の位置付けなのだが、皆さんはいかがだろう?

ではここで「ミサロッソ オリジナルCMソング」をどうぞ。
「FMさせぼ」で放送中。あれ?この声ってさ・・・


午後1:48 国道202号線 唐津経由で福岡へ



福岡県糸島市で給油。九州での給油はこれが最後だった。20.63L。
洗車を勧められたが、断った。店員さんとプレオには悪いけど。拭き上げ作業する体力なんてないし、どうせ雨降るし。

午後3:41 福岡県 福岡市



その前に洗うべきは自分自身。どこかお風呂ないかね?体はベタベタ!頭が痒い!汗臭い!


ランドマーク、“福岡タワー”
ここも前に登頂済みなので入らなかったけど。こないだハルカス観ちゃったからなぁ~


いいかプレオよ、よ~く見とけ!これが福岡タワーだ!!


ネットで市内によさそうな銭湯を見つけた!もう脳内は風呂のことしか考えていない。











・・・・・・しかし、探せど探せど駐車場が見つからない。

おかしい。情報では「有る」ことになっているのに。発見!?だと思ったら隣接のマンションのPだし・・・ 住人さんに「ここ違いますよ~」と。目的地周辺をうろうろ、うろうろ・・・

店に電話すれば解決する話だが、キライなんだよなぁ、店へ電話って。人見知りとしては。気難しそうなオヤジが出たらどーしよーとか。
結局、見つからず諦める。そのまま北九州市まで走ってしまった。
北九州で改めて風呂屋探しをすることにする。まだ時間もそんなに遅くないし、どっかこっかは見つかるだろう。

その甲斐あって、安くていい健康ランドを発見した。
到着し、さぁ行こうと今度はスーツケースに換えのパンツが見つからない。しまった!もう全部使い切っていたのか!
どうする?今穿いてるのを続投するか?セクシーにノーパンで決めるか?

仕方なく今のを続投。どっかで洗濯しなきゃ。九州でノーパンってことないだろう(笑)

安心してください。穿いてますよ。

入浴後、寝場所を探す。この近辺に道の駅は無さそうだ。高速に乗ればSAはあるだろうけど。

なので今日は24時間営業スーパーの片隅で寝ることした。深夜でも従業員や買物客が来るので治安は折り紙付き。勝手なイメージかも知れないけど、ほら、北九州市の夜ってなんか恐そうな雰囲気があって・・・

《本日の移動》
長崎県長崎市 道の駅夕陽が丘そとめ → 福岡県北九州市 24時間営業のスーパー

                                                       第22夜へ
Posted at 2015/08/30 02:02:12 | コメント(1) | トラックバック(0) | 旅行/地域
2015年08月27日 イイね!

列島車中泊リベンジ ~第20夜~

天候概ね良好。蒸し返すような空気。第20夜。

体はだいぶ悲鳴を上げている。特に関節が痛い。
日中は歩き、夜間はロクに寝返りもうてない車両のシート。誰だってそうなるだろう。
でも、この時ギブアップしてホテルで休息を取ろうという選択肢は自分にはなかった。お金は払って楽をするとここまでの努力は水泡と消える気がし・・・? 気合を入れ、今日も行く!

午前10:36 有明沿岸道路 柳川西入口



有明海を沿うように佐賀、長崎方面へ。


午前10:50 佐賀県 佐賀市

県境を越える。九州西部は湾が入り組んだ複雑な海岸線でアクセスに時間を要する。
佐賀市より長崎市へは有明湾を南進しないと行けない。


午前11:52 佐賀市 吉野ヶ里遺跡

誰もが歴史で習ったのではないだろうか、“吉野ヶ里遺跡”
佐賀県を観るのは長崎の後と考えていたが、近いので来てみた。前日みたいな天候ならパスしていたと思う。入場料420円。


“南内郭”
ここで国の偉い人達が生活していた。


櫓では番人が不届き者の進入を見張っていたのだろう。


櫓からはこのように見える。点在するのが支配者層が暮らしていた家々。

周囲は壕が造られ、このような集落を「環壕集落」という。ちなみに「ごう」の漢字はただ掘ったものは「壕」、それに水を張らせたものは「濠」と書くそうである。

内部は当時の様子が再現されている。


いかにも位が高い雰囲気だ。それにしても人形がリアル。子供が泣き出しそう。


“北内郭”へ。
あまりに有名な“高床式”の住居や倉庫。テストで出さなかった先生はいないだろう。


遺跡の中心的存在の“主祭殿”。
大事な会議を開いたり、祖先の霊を祈ったり祀ったりする。



会議といっても当時はどのような話をしていたのか?「実は予算がね・・・」とか話していたのだろうか。


“北墳丘墓”は歴代の王の墓と考えられている。甕棺に入れ葬られた。当時は土葬。

これについては復元ではなく、当時使われていた本物である。

弥生時代から現代へ戻ってきた。
昼食はカップ麺で済ませた。スーパーでお湯をもらえるのはありがたい。

午後3:35 佐賀県 鹿島市の山中

プレオを購入して8年。総走行距離が10万kmを突破した。


地元から遠く離れたこの地で迎えるとは!
購入時が2万4246kmだったのを考えると以外と走っていない。まだまだ乗れる。


ひとつの区切りを経験したプレオは長崎へ入る。写真は駅前。


今年は原爆投下から70年の節目の年。単なる偶然か、長崎が呼んだのか。


“平和公園”へとやってきた。


当時この場所には“長崎刑務所浦上刑務支所”が存在した。


その跡が今も残されている。
この場所の約100m先で原子爆弾が爆発し、建物が一瞬で崩壊、職員・受刑者ら134人全員が犠牲になった。

当初、第一目標は福岡県の小倉市(今の北九州市)だったが、天候不順のため長崎に変更になったようだ。悲惨な結果になることに変わりはないが・・・

“平和の泉”は水を求めて亡くなった人への慰霊、冥福を祈り造られた。


ちょっと歩き、“浦上天主堂”。
異国情緒溢れる長崎ならではの建築物。煉瓦造りでどっしりしつつも凛としている。


その建物も原爆の被害を受けた。
聖人の石像は熱線で焼け焦げ、吹き飛んだ壁がその威力と悲惨さを物語る。
「戦争」からは何も生まれない、未来永劫。


午後8:22 長崎市 稲佐山

長崎のそんな悲しい出来事だけの町ではない。今度は美しい長崎を見に行く。

運転中、突如腹痛が襲う。まずい、この辺トイレあるのかな・・・

稲佐山中腹。マイカーで頂上アクセスも可能だが、ここにクルマを置いて私の大好きな無料送迎バスで行くのがお得。

次のバスが来るまで20分待機。トイレに行ってる間にバスが出発してしまった。

バスが来る。乗客は自分ひとり・・・ さっきのバスはすごい客待ちだったのに何でだろ?


カメラ性能上、キレイさを伝えきれないのが残念。


長崎港の“女神大橋”

こちらの写真、あまりの出来の酷さに載せるのを迷った・・・ チラッと他の観光客の撮影を見てるとどの人もクッキリ明るく撮れている。デジカメとスマホの進歩っぷりに驚愕したのであった。

山を下りる。バスの運転手さん、さっきと同じ人だった。そして乗客はまた自分だけ・・・ もしかして自分嫌われてる?

運転手さんに何故か聞かれた。
「あの~失礼ですが、中腹までどうやって来られました?」
「マイカーで来ましたが?」
「あっ、そうですか・・・」
超ラフな格好にリュック姿だから疑問がられたのだろうか?

夕食にちゃんぽんを平らげる。リンガーハットだけど・・・ 10時半もとうにまわり、ここ以外やっていない。でも美味しい。無料で麺2倍システムはすごいと思う。
ちなみに「ちゃんぽん」意味は中国・福建語で「飯食った?」の意味。※諸説有り


長崎市北部、道の駅夕陽が丘そとめで走行終了。
佐賀で弥生時代、長崎で激動の昭和を感じ、この日はドライブというより時間旅行した気分だった。

《本日の走行》
熊本県和水町 道の駅きくすい → 長崎県長崎市 道の駅夕陽が丘そとめ

                                                       第21夜へ
Posted at 2015/08/27 22:27:26 | コメント(2) | トラックバック(0) | 旅行/地域

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「旭川~東京 東日本縦断の旅2018 ~その⑥~栃木県いろは坂の件を掲載し忘れ、再編集&UP。」
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