
ツーリングは大勢でワイワイ行くのももちろん好きですが、長距離や長期などは一人がほとんどでした。ソロツーリングだと不思議に多くの方と知り合うことができ、結果的にいい出会いや思い出が残ってます。
日本一周をした時、北海道での日数が半分くらいあったでしょうか?北海道で一人で夜を過ごしたことがありませんでした。誰彼かと知り合って一緒にキャンプできたのは本当にいい経験でした。
その中でも特に心底うれしかった人達と、初めて「死の恐怖」を感じた話です。
礼文島で札幌からの女性ライダーと知り合い、キャンプ場で一緒に食事をしました。離島めぐりをしている彼女の話に興味をもち、予定などない私も島めぐりを一緒にすることに。といっても女性に強引についていくのも何だかな?と思っていたのですが、利尻島でほかに三人のライダーも知り合い意気投合。にわかにツーリングの団体になりました。といっても一緒に走るのではなくその日の目的地だけを決めておき、日中は別行動。キャンプ地に集まって夜を過ごすという感じでした。みんなソロライダーでしたから。
焼尻島に渡ろうとその日の集合地点は羽幌という町のフェリー乗り場になりました。私は音威子府から天塩川の雄大な景色が見たくてサロベツ原野を走り、羽幌へむかうべく地図を見ると国道を経由するとかなり大回りになるのですが、豊里というところから林道を走ると一気にショートカットできるのでそこを目指しました。日も傾き、林道の入り口につく頃には暗くなっておりました。しかもゲートがしてあり、立ち入り禁止の札が!
時間が惜しかったのと焦りもあってゲート脇から林道へ入り走り始めました。街灯もない漆黒の闇の中を一人で走り、数キロも走ったでしょうか?突然視界に「壁」のようなものが見えた気がした瞬間、体が投げ出され転倒。エンジン停止と同時に全くの暗闇・・・・・・何が起こったのか全く分からず、とにかくヘッドライトを取り出して見ると、土砂崩れがあって道路が完全に通れない状態。その前が雨でぬかるんでいて沼地状になっており、XTの前輪から半分以上が泥に刺さっておりました。
荷物満載のXTは一人の力では出すことができず、途方に暮れかかった時、「熊!!」の恐怖が頭によぎりました。全くの闇の中での恐怖。耳をすますと時折「カサカサ」と地面を踏むような音が聞こえパニック状態に。幽霊やなんやには全く平気なタチですが、直面した死の怖さの前に足は震えだしとにかく音や光を出さねばとエンジンだけを何とかかけ、無我夢中で荷物を全部外してXTを引きずり出しました。アクセルを時折あおり、ホーンを鳴らして怖さを紛らわし必死で荷物を括り付けて来た道を引き返しました。走りながらもホーンを鳴らし続け、「早く!早く!」と。

舗装路に出て街灯のあるところまでたどり着き、自販機を見つけて飲み物を一気飲み。何とか人心地ついたときに、闇の中からいきなり「おい!なにしている??」と声をかけられて仰天。なんと警察官でした。 驚きましたが、人に会えたうれしさにヘナヘナとなりそうでした。
泥まみれの私を見て「まさかあの林道に入っちゃいないだろうね?」と聞かれ、とっさにわけのわけのわからない返事をしたと思います。「入っちゃいかんぞ!?土砂崩れしてるし今年一番のデカいやつ(熊)が撃たれたとこだからな!」 もう泣きそうでした。
それから結局は国道を行ったのですが、すっかり夜になり真っ暗な道は果てしなく遠く感じました。エンジンも焼けよとばかりに必死でアクセルを回し、とにかくみんなの待つフェリー乗り場へ。言えない速度で飛ばし続けました。
ようやくフェリー乗り場に到着したのですが、全く人気がありません。皆さんを見つけられず途方に暮れていると堤防に仲間のセローが!!近づいてみると張り紙がしてあり、キャンプできそうな場所がないためここにいると地図が張り付けてありました。もう泣きそう(泣いてました)になりながらそこへ行くと、皆さんが迎えてくれ、食事まで用意してくれていました。「よかった~!!本当によかった~!」と足を震わせてへたばったのを鮮明に覚えています。ありがたかったですね~
迎えてくれた皆さん。
その後、その皆さんと一緒に焼尻・天売島を巡って別れましたが、旅を終えてからも便りを出したり今も会ってキャンプしたり。札幌の女性ライダーとは北海道を訪ねた時に会って飲んだり。今もメールを交わしております。本当に怖かったですが、今も忘れえぬありがたい思い出となっております。
Posted at 2015/08/13 06:42:46 | |
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